取材記事

【インタビュー】屋内での正確な位置情報サービスを実現。Mapxusの屋内マッピングソリューションが世界のDX化を推進する

【インタビュー】屋内での正確な位置情報サービスを実現。Mapxusの屋内マッピングソリューションが世界のDX化を推進する

「病院で診察室が見つからない」「大型ショッピングモールで目的の店舗にたどり着けない」――というように、屋内空間で迷った経験のある人は少なくないだろう。位置情報サービスを取り入れたマップアプリが普及している今でも、GPSが届かない屋内、特に多層階や入り組んだ施設では、依然として「現在地がわからない」という不便がつきまとっている。

このような問題を解決するため、2018年に香港で創業し、アジアを中心に世界展開しているのが、最先端の屋内マッピング技術をもつリーディングカンパニー「Mapxus(マプサス)」だ。

Mapxusの屋内マッピングソリューションは特別なハードウェアの設置が不要であり、コストと時間を抑えたソフトウェアベースで持続可能な点が特徴だ。商業施設、空港、病院といった複雑で広大な施設でも、高精度な位置特定とバリアフリーに対応したルート案内を実現している。こうした位置情報サービスは顧客だけではなく、施設側にも人流の可視化やスタッフの業務効率化、備品の管理制御など、幅広い恩恵をもたらしているという。

今回は、Mapxusの共同創業者兼COOで、同社日本法人 株式会社マプサス・テクノロジー・ジャパンの代表取締役社長も務めるOcean Ngさん(以下オーシャンさん)に、日本進出の経緯や、持続性のあるソーシャルビジネスの考え方、今後の展望などについてお聞きした。


――Mapxusを立ち上げたきっかけやコンセプトについて教えてください。

オーシャンさん:私はもともと通信業界でコンサルタントをしており、RFIDやWi-Fi、GPSなどのIT技術に携わってきました。会社を立ち上げることを決意したのは、もう一人の創業者であるDr. John Chanの友人だった消防士が火災現場から脱出できず、命を落としてしまった出来事がきっかけです。その主な原因は、現場で現在地の把握に必要な情報が不十分であったこと、あるいは古い情報しかなかったことでした。

香港ではスマートシティ構想が進んでいるものの、まだ多くの建物がデジタル化されておらず、いわば“ブラックボックス”のような状態です。同じような悲劇を二度と起こさないためにも、屋内空間のデジタル化は急務だと考えました。

10年ほど前には、ビーコンなどのハードウェアを用いた屋内測位技術が注目されていましたが、精度の高い測位を実現するには大量のビーコン設置が必要で、コストや管理の面で大きな負担となります。都市や国家レベルでの普及は難しいと感じました。そこで私たちはビーコンの使用を諦め、代わりにAIを活用したデジタルマップの作成と、ハードウェアに依存しない測位技術の研究・開発を進め、2018年にMapxusを設立しました。

私たちが掲げるキーコンセプトは、「シンプルでスマート、かつスケーラブル(拡張可能)な屋内マッピングソリューション」によって、屋内空間のDXを加速させること。そして、あらゆるアプリケーションに対応できる屋内マップの実現です。これにより都市全体にわたる空間データ基盤を構築し、バリアフリーな移動、防災や安全対策、スマートな施設運営など、さまざまな社会的価値を創出できると考えています。

――日本では川崎重工と協業し、屋内位置情報サービス「mapxus Driven by Kawasaki™(マプサス・ドリブン・バイ・カワサキ)」という形で技術を提供されていますが、川崎重工とはどのような縁でパートナーになったのですか?

オーシャンさん:日本での展開のきっかけは、2019年に大阪で開催された「スタートアップブートキャンプ・スケール・大阪」に参加する機会を得たことでした。阪急電鉄様や西日本旅客鉄道様のご協力のもと、複数の建物を対象に実証実験を行い、ハードウェアを使用せず、かつ短期間でデジタルマップと屋内測位を導入できることを実証することができました。

その直後に新型コロナウイルスの流行により、残念ながら日本を離れなければならなくなりましたが、幸運にも川崎重工と出会うことができました。当時、川崎重工が「人・モノ・ロボットが共存する社会」の実現に向けて、位置情報との連携を模索されていたところで、私たちの測位技術に注目していただけたんです。そこから日本でのパートナーとして、導入を支援していただけることになりました。コロナ禍という困難な状況下でありながらも、非常に良い形で日本国内導入を行うことができました。

■「mapxus Driven by Kawasaki™」プロモーション映像

――あらためて、御社が提供する屋内マッピングソリューションの特徴について教えてください。

オーシャンさん: AIを活用した専用ソフトウェアによって、建物図面から簡単にデジタルマップを作成できる技術と、特別なハードウェアを必要とせず、既存のWi-Fiインフラを活用した測位技術によって成り立っています。これにより、迅速かつ低コストで空間のDXを実現できるのが強みです。

Wi-Fiフィンガープリンティングとセンサーフュージョン(※)を組み合わせることで、平均誤差3〜5メートルという高精度な測位が可能です。緯度・経度だけでなくフロア情報まで取得できるため、ユーザーが建物内のどの階にいるかも正確に把握できます。また、屋外エリアでは自動的にGPSに切り替わる仕組みになっており、屋内外のシームレスな移動体験を提供しています。

私たちは、基本的に各国ごとに完全ローカライズしたうえで、パートナーと連携し、メンテナンスを含むプロフェッショナルなサービスを提供しています。利用用途に応じて、アプリ、Webサイト、サイネージなど多様な媒体でご活用いただけるほか、お客様が自社サービスに組み込みたい場合には、SDK(ソフトウェア開発キット)としての提供も可能です。また、バリアフリールートの案内や音声ガイダンスなど、アクセシビリティ機能の充実にも注力しており、誰もが安心して移動できるユーザー体験を目指しています。

(※)Wi-Fiフィンガープリンティングは、屋内空間に存在するWi-Fiアクセスポイントの電波強度を地点ごとに計測・記録し、そのデータベースと照合することで現在地を推定する技術。センサーフュージョンは、スマートフォンなどのデバイスに内蔵された加速度計、ジャイロスコープ、コンパスなど複数のセンサーから得たデータを統合し、デバイスの位置や動きを高精度に推定する技術です。


■インタビュー中、実際にMapxusの技術の活用例を見せていただくことができた。

「CityGeni」マップ画面

Mapxus自身が手がけるアプリ「CityGeni(シティジニー)」は、世界最大規模のバリアフリー対応マップアプリの一つであるという。通常のマップモードに加え、障がいのあるユーザー向けに最適化されたテキスト&オーディオモードを搭載しており、インクルーシブな設計が特徴だ。リアルタイムな音声ガイダンスを提供しており、目的地までの距離や、「左側にトイレがあります」といった周辺情報も音声で確認できる。

「CityGeni」テキスト&オーディオモード

ルートは複数モードから選択でき、エスカレーターや階段を使った最短ルートや、車椅子に対応したバリアフリールートなど、利用者のニーズに応じて柔軟に切り替えが可能だ。階層を移動するとマップがシームレスに切り替わるため、ナビゲーションに従って移動するだけでスムーズに目的地へたどり着ける。障がいの有無に関わらず、誰にとっても頼りになるナビゲーションツールだと感じた。現在、「CityGeni」はショッピングモールや空港など、世界280カ所以上の施設をカバーしており、各施設のオーナーから正式な許可を得て、マップ情報を一つのアプリに集約している。香港をはじめ、シンガポール、台湾などでも展開中で、日本でも川崎重工との連携により、近日中の実装が予定されているそうだ。

左はルート検索の結果をQRコードで読み取っている様子。右はAIコンシェルジュとの音声によるやり取りの様子。

また、施設内のタッチパネル式サイネージにMapxusの技術を導入するケースでは、検索したルートをQRコードで表示し、スマートフォンで読み取ることでナビゲーションを継続できる仕組みに驚かされた。これにより、ユーザーはルートを記憶する必要がなく、「わざわざ専用アプリをインストールしたくない」というニーズにも応える形となっている。今後は空港などに、AIコンシェルジュとMapxusの技術を組み合わせた案内サービスのリリースも予定しているという。


――想像していた以上にスマートなナビゲーション体験でした。特にサイネージのQRコード表示は画期的ですね。こうした御社の屋内マッピングソリューションを、日本ではどのような場所で体験できますか?

オーシャンさん:代表例としては、「三井アウトレットパーク」をはじめ、三井不動産グループが全国で展開する約60の商業施設で利用されている「三井ショッピングパークアプリ」があります。ほかにも、成田国際空港、神戸須磨シーワールド、藤田医科大学病院など、多様な分野の施設で弊社の技術が活用されています。現在は、先ほどご覧いただいたAIコンシェルジュに加え、社員の所在確認や会議室の稼働率分析、備品管理などを目的としたオフィス向けアプリの開発を川崎重工と共同で進めています。

――位置情報サービスがさまざまな「見える化」に役立っているわけですね。ちなみに、こうしたデジタルマップはメンテナンスの負担が大きいイメージがありますが、実際はいかがでしょうか?

オーシャンさん:いくつかのレベルで対応可能です。データプラットフォームを用意しており、「テナントのハンバーガー店がカフェに変わった」「この通路の先は立ち入り禁止になった」といった軽微な修正は、お客様ご自身で簡単に更新していただけます。また、弊社のサポートチームが現地を訪問して修正するケースもありますし、施設の大規模な改装などレイアウト変更があれば、新しい建物図面をご提供いただければ私たちが対応いたします。作って終わりではなく、このようなメンテナンスも私たちのプロフェッショナルサービスの重要な一環です。

――日本ではこれから事業展開が拡大していくかと思いますが、現時点で抱えている課題があれば教えてください。

オーシャンさん:施設オーナーの方々からよく聞く課題の一つに、管理している建物の多さに対する懸念があります。1棟だけで実証実験を行った経験はあっても、それをすべての建物に展開しようとすると大規模なプロジェクトになり、多くのリソースが必要になると認識されているんです。特に日本では、まだ私たちの技術や手法が浸透しておらず、「屋内測位=ビーコン設置」というイメージが強いのが現状です。

しかし、例えば「三井ショッピングパークアプリ」の事例では、全国の約60か所に及ぶららぽーとやアウトレットパークの屋内マッピングを、約9ヶ月で完了しました。短期間での導入が可能だという事実は、多くの施設オーナーにとって非常に重要なポイントになるため、いかにして周知するかが私たちの挑戦の一つとなっています。

また、弊社のデジタルマップは、スタッフルームをはじめ一般利用者に公開したくないエリアを非表示にするなど、利用者の属性に応じてアクセス範囲を制限可能です。データ収集や分析の際には、プライバシーや機密性を厳密に確保しながら管理していく必要があるため、今後もこの点に注力していきます。

――国土交通省が推進する「歩行空間ナビ・プロジェクト」についても伺います。御社は、ターミナル駅などの大規模な屋内・地下空間での移動を安全で円滑に誘導するナビサービスを実施し、そのニーズを把握する「屋内ナビサービスを体感しよう!」という実証実験等で、すでに国土交通省と連携された経験があるとお聞きしています。今後、段差や幅員などの歩行空間ネットワークデータや、施設ごとのバリアフリーデータがオープンデータとして公開された場合、御社のサービスと連携できる可能性はありますか?

オーシャンさん:はい。まず、弊社の屋内マップは緯度・経度をもとにしたGIS形式で出力されます。もし公開されるオープンデータも同様の形式であれば、スムーズに連携が可能かと思います。

一例ですが、すでに香港では、政府が公開する屋外の経路ネットワークに関するオープンデータが、車椅子利用者や視覚障がい者の移動支援に活用されています。弊社ではこれに屋内データを連携させることで、屋外から屋内、また屋内から屋外へとユーザーがシームレスに移動できるナビゲーションを実現しています。

また、視覚障がい者の支援を行う香港のNGO団体と協力し、ユーザーが注意すべきPOI(Point of Interest)――つまり、「この場所はスロープがあり通りやすい」「ここは段差があるため注意が必要」といった場所をマップ上に登録しています。これにより、私たちはより安全に移動できるバリアフリールートを設定できます。このような動きを日本でも展開できれば、国土交通省のプロジェクトにフィードバックすることも可能ではないかと考えています。今後、もし一緒に試験的な取り組みをする機会があれば、ぜひ参加させていただきたいです。

――非常に前向きなお言葉をお寄せいただき恐縮です。ところで、日本にもバリアフリー情報を提供するマップサービスはありますが、マネタイズの問題で継続が困難になるケースをいくつか見てきました。こうした事業をビジネスとして成り立たせるために重要だと思われることがあればご意見をいただきたいです。

オーシャンさん:そうですね。これは私自身の経験でもあるのですが、Mapxusを立ち上げる以前から、何か社会課題を解決したいという強い思いがありました。しかし、それをチャリティーや一時的な助成金だけで続けようとすると、どれだけ社会にとって良い取り組みであっても、長期的には続けられないだろうと考えたんです。たとえば、「3ヶ月だけ使えて、その後サービスが終了してしまう」というようなケースではあまり意味がありませんよね。

そこで私たちは、ソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)の考え方を取り入れました。社会課題を解決する活動であっても、きちんと事業として成り立ち、収益性があり、持続可能であることを基本に考えています。つまり、「バリアフリーのためだけの屋内マップ」ではビジネスとして成り立ちにくいですが、一つのマップを複数の目的、例えば集客、マーケティング、施設管理などに活用できるようにすれば、費用対効果も見込め、持続可能なモデルになります。バリアフリー支援だけでなく、それを支える多くのユーザーにも価値を提供することで、全体としてビジネスが成り立つように設計しました。最も重要なのは持続性(サステナビリティ)だと考えています。

――ありがとうございました。それでは、最後に今後の展望についてお聞かせください。

オーシャンさん:将来的な目標としては、私たちのミッションである「あらゆる建物をデジタル化すること」を実現したいと考えています。私たちの技術はオープンスタンダードを基盤に開発しており、屋内マップに特化したIMDF(Indoor Mapping Data Format)というデータ形式を採用しているため、多様な建物への対応がしやすいのが特徴です。国や企業、建築設計に関わる方々と連携しながら、建物のデジタル化に誰もが参加できる仕組みづくりを進めていきたいと思っています。

特に、救急や消防などの緊急対応に役立てる点を重視しています。自然災害や航空機事故など、いつどこで何が起こるかわからない時代だからこそ、正確な情報を基に迅速に対応できる体制を整えることは非常に重要です。すでに香港では、施設オーナーが消防局にデジタルデータを無料で共有できるようサポートも行っています。こうした取り組みを他の地域にも広げていければと考えています。

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