取材記事

ユニバーサルな街づくりを拓くバリアフリーマップ〜超福祉の学校@SHIBUYA 2025 シンポジウムレポート~

ユニバーサルな街づくりを拓くバリアフリーマップ〜超福祉の学校@SHIBUYA 2025 シンポジウムレポート~

NPO法人ピープルデザイン研究所が主催し、渋谷区や文部科学省などが共催するイベント「超福祉の学校@SHIBUYA 2025」が、2025年10月28日から11月4日にかけて渋谷ヒカリエを主な会場として開催されました。このイベントは、障害(注1)者をはじめとするマイノリティが「憧れ」の対象となるような社会を目指す「超福祉」という概念のもと、2021年から続く取り組みです。シンポジウムと体験型展示「超福祉の図書館」では、障害の有無や背景に関わらず誰もが共に学び、つながる共生社会の実現を渋谷から発信することを目的としています。

その主要なプログラムの一つとして、10月31日にシンポジウム「バリアフリーマップ〜ユニバーサルな地図で、誰もが安心して歩ける街へ〜」が開催されました。本セッションは、データ活用とテクノロジーの可能性を探り、誰もが安心して移動できる「ユニバーサルな街づくり」をテーマに掲げたものです。登壇者は、渋谷区役所の髙橋雄太氏、東洋大学の別所正博氏、そして全日本空輸株式会社(ANA)の大澤信陽氏の3名が務めました。

このシンポジウムのテーマと登壇者の構成は、国土交通省が設立する「歩行空間DX研究会」の取り組みと密接に関連しています。髙橋氏、別所氏、大澤氏の3名全員が、国土交通省の「歩行空間の移動支援に係るデータのオープンデータ化・利活用促進ワーキンググループ」の構成員であり、別所氏と大澤氏は、2025年1月に開催された「第2回歩行空間DX研究会シンポジウム」に、渋谷区の髙橋氏は同研究会の第1回シンポジウムにパネリストとして登壇しています。

本シンポジウムは、「持続可能な移動支援サービス」の実現という国家的課題に対し、渋谷区という基礎自治体、データ活用の専門家である大学、そしてMaaS(Mobility as a Service)を推進する民間企業というそれぞれの立場から、具体的な解決策と未来像を提示する、非常に意義深い場となりました。本記事では、IoTおよびデータ活用の観点から、このシンポジウムの模様をレポートします。

バリアフリーマップに関する概況説明

シンポジウムの進行役も務める渋谷区役所の髙橋雄太氏(産業観光文化部 グローバル拠点都市推進課 都市データ活用推進主査)が、まずセッションの導入として、バリアフリーマップの定義と現状に関する全体概況を説明しました。

髙橋氏は、バリアフリーマップを「障がいのある人や高齢の方、また子育ての方をはじめ、移動するときに心配ごとがある人が安心して設備やサービスを利用できるよう、街の中に存在するバリアフリー施設の情報や、注意するポイントなどを示したマップ」と定義しました。利用対象者は非常に幅広く、車椅子利用者や視覚・聴覚に障害のある方に加え、ベビーカーやシルバーカーを押している人、授乳室やおむつ替えの場所を探している赤ちゃん連れの人、内部障害や持病のある人、さらには自転車を押している人なども含まれます。

こうしたマップ整備が近年活性化している背景には、平成30年(2018年)5月の「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー法)」改正があります。この改正により、市町村がバリアフリーマップの作成に関する事項を、移動等円滑化促進方針(マスタープラン)や基本構想において定めることが可能となりました。渋谷区もこの流れを受け、平成30年3月の「渋谷駅周辺地区バリアフリー基本構想」において、「バリアフリーに関する情報の発信」を検討する旨を定めています。
全国の整備状況(令和7年時点)によると、この法改正後にマップ作成の流れが活性化しました。特に東京都内では、23区すべてが整備済みであるのに対し、都下は39自治体中16自治体の整備に留まっています。
この全体概況説明を受け、シンポジウムは各登壇者による具体的な取り組みの紹介へと移りました。

オープンデータとAIで「データ収集の壁」を越える

髙橋氏の概況説明を受け、東洋大学情報連携学部の別所正博教授が講演を行いました。別所氏はIoTやAI技術の応用、障がい者支援技術を専門とし、国土交通省の「歩行空間の移動支援に係るデータのオープンデータ化・利活用促進ワーキンググループ(以下、ワーキンググループ)」では座長を務めています。講演では「ユニバーサル社会の実現に向けたオープンデータとAIの可能性」と題し、技術的な側面からバリアフリーマップの未来を語りました。

別所氏はまず、バスのリアルタイム位置情報(バスロケ)や、渋谷区のコミュニティバス、ANAのフライト発着情報などを例に「オープンデータ」の重要性を解説しました。データがオープンライセンスで公開されることで、Googleマップのような既存サービスがそのデータを活用できるだけでなく、視覚障がい者向けの「わたしのバス」(第2回東京公共交通オープンデータチャレンジ「最優秀賞」受賞作品)のような、特定のニーズに応える新しい支援アプリが生まれる土壌となると説明しました。

別所氏が座長を務める国土交通省のワーキンググループでは、主に2種類のデータのオープンデータ化を推進しています。

  1. 歩行空間ネットワークデータ: 歩道の幅員、勾配、段差といったバリア情報を付与した、点(ノード)と線(リンク)のデータ
  2. バリアフリー施設等データ: バリアフリートイレやバリアフリー対応エレベーターなどの施設情報

特にバリアフリー施設等データについては、自治体ごとにフォーマットが異なるといった課題があり、東京都の「車いす使用者対応トイレのバリアフリー情報」のような詳細な先進事例を参考に、標準化を進めていると述べました。

しかし、別所氏はこうしたデータ整備における根本的な課題を指摘します。それは「データを集めるのが大変」だということです。
「日本中の歩道のデータを調査しようとすると、非現実的な費用・時間・人手が必要」であり、さらに道路工事や店舗の入れ替えなどで情報は日々変わるため、「一度だけではなく、定期的に更新をしなければならない」という問題もあります。また、本当に役立つマップにするには、公共施設だけでなく民間の商業施設の情報も不可欠です。
別所氏は、この膨大な課題を解決するには「行政だけではなく、当事者の方、民間の事業者の方、あるいはボランティアの方とか、いろんな方が協力して」情報を整備・更新し続ける持続可能な仕組みが必須だと強調しました。

そこで別所氏が解決策として提示するのが「AI」の活用です 。
別所氏の研究室では、障がい当事者(車椅子ユーザー)の大学院生が中心となり、AI(物体検出モデル)を用いてトイレの写真から必要な設備(手すり、オストメイト、非常用ボタンなど)を自動で検出・判別するツールを開発したといいます。

さらに、ChatGPTなどに代表される生成AI(マルチモーダルLLM)の進化により、このデータ収集はさらに加速できると述べ、LINEボットのプロトタイプを実演しました。
このシステムでは、利用者がトイレの写真をLINEでアップロードするだけで、AIが画像から設備情報を自動で抽出し、「音声案内は?」など、画像だけでは判別できない不足情報をAIが対話形式で質問しながら補完し、データを登録できます。加えて、AIが画像認識を行うことで、プライバシー保護の観点から「人物の顔が写っている」写真や、いたずら目的の「関係ない写真」を自動で検出し、登録を却下することも可能だとしています。
別所氏は、「オープンデータとAIを活用することで、この『非現実的』だったデータ収集のハードルを下げ、より良いバリアフリーマップを皆で作っていけるのではないか」と、技術が拓く持続可能な未来への期待を述べて講演を締めくくりました。

「移動躊躇層」の視点で移動を再定義する「Universal MaaS」

全日本空輸株式会社(ANA)の大澤信陽氏は、自身が社内の社員提案制度を活用して発案し、産学官連携パートナーと共に推進しているプロジェクト「Universal MaaS」(注2)について講演しました。このプロジェクトは「誰もが移動をあきらめない世界へ」を掲げ、ユニバーサルデザインとMaaS(Mobility as a Service)を融合させ、ドア・ツー・ドアの移動を一気通貫のサービスとして提供することを目指しています。

大澤氏は、高齢や障がいなどを理由に移動をためらう人々を「移動躊躇層」と定義し、当事者の目線でサービスを構築することの重要性を説きました。Universal MaaSは、主に以下の2つのサービスを連携させています。

  1. 一括サポート手配:交通、宿泊、観光などの事業者に対する介助依頼を一元化し、利用者の負担を軽減するサービス。
  2. ユニバーサル地図/ナビ:公共交通機関を降りた後の「徒歩移動」における情報不足を解消するためのナビゲーションサービス。

特に本シンポジウムのテーマである「ユニバーサル地図/ナビ」において、大澤氏が強調したのは「誰にとってのバリアフリーか?」という視点です。5cmの段差を越えられる人もいれば、そうでない人もいるように、移動の課題は「十人十色」です。そのため、特定のルートを押し付けるのではなく、多様な選択肢を提示し、利用者が自分に合った経路を選べる仕組みを構築しました。

これを実現するために採用されたのが、データの「ハイブリッド構成」です。自治体が管理する正確な「公式情報」に加え、走行ログアプリ「WheeLog!」などから得られるリアルタイムな「ユーザー情報」を重ね合わせて表示します。これにより、「設備の有無」というスペック情報だけでなく、「実際に通れた道」「ユーザーの生の声」という動的な情報を補完し合っています。

現在、Universal MaaSのパートナーは産学官合わせて61団体に達し(2025年10月時点)、渋谷区をはじめ、横須賀、札幌、那覇など全国各地で社会実装が進んでいます。大澤氏は、「点から線へ、線から面へ」とサービスエリアを拡大し、最終的には全ての人がストレスなく移動を楽しめる社会インフラにしていくという決意を語りました。

「使える」マップを目指したデータ利活用と「後発の強み」

続いて、渋谷区役所の髙橋雄太氏が渋谷区におけるバリアフリーマップの具体的な取り組みと、その背景にあるデータ利活用戦略について講演を行いました。
渋谷区では令和3年度に「スマートシティ推進基本方針」を策定し、デジタル技術やデータを活用して「ウェルビーイングとシティプライドの溢れる街」を目指していますが、その根底にあるのは「感覚値」だけに頼らず、データによって客観的に区の現状を把握し、多様な主体(産官学民)と課題を共有することで「目線を合わせる」という思想です。

シティダッシュボード
SHIBUYA CITY DASHBOARD | 区政情報 | 渋谷区ポータル

SHIBUYA CREATIVE JUNCTION
SHIBUYA CREATIVE JUNCTION|シブヤ クリエイティブ・ジャンクション

その具体的なアウトプットとして、髙橋氏は区の「今」をデータで見える化する「SHIBUYA CITY DASHBOARD」や、都市OS(データ連携基盤)を活用し、渋谷のまちを使いたい人と場所を繋ぐ「SHIBUYA CREATIVE JUNCTION」といった取り組みを紹介。
このデータ利活用の文脈を踏まえたうえで、講演はバリアフリーマップのテーマに移りました。

髙橋氏が取り組む以前、東京都23区はほとんどの区でバリアフリーマップが「整備済み」ではあったものの、その実態は「見事にばらばら」だったと指摘します。ある区はPDF、ある区はGIS(地理情報システム)、またある区は独自のシステムでマップを提供しており、フォーマットが統一されていませんでした。
また髙橋氏は「渋谷区は15平方キロメートルしかなく、電車で数分乗れば次の区に入ってしまう。利用者は区域を越えるたびに、その自治体のマップを探し直さなければならない。それって本当に『使える』マップでしょうか?」と、利用者目線での根本的な課題を提示しました。

そこで渋谷区は、あえて「後発」であることの強みを活かし、過去の他自治体の“挑戦”を研究。大澤氏(ANA)が提供する「Universal MaaS(ユニバーサル地図/ナビ)」をプラットフォームとして採用し、以下の4点にこだわって整備を進めたと語りました。

  1. 東京都のオープンデータを活用 東京都が統一フォーマットで収集する「車椅子使用者対応トイレ」等の公式データを活用。これによりデータの標準化と運用負担の軽減。
  2. 区域を越えたシームレスな検索 「利用者にとって行政区域は関係ない」という視点から、新宿区や目黒区など近隣区の情報も検索可能に。
  3. 経路検索機能の実装 単なる施設の位置(ピン)表示に留めず、目的地までの具体的な移動をサポートする「経路検索」を実装。
  4. ユーザー投稿データの反映 WheeLog!(車いすユーザー走行ログ)など「リアルな情報」を反映。公式情報とユーザー情報を明確に分離し、「実際に通れたルート」といった“生きた”情報を提供。

髙橋氏は、東京都も広域のバリアフリー情報サイト(とうきょうユニバーサルデザインナビ)を提供しているものの、UI/UXや経路検索機能の面で課題があると指摘。「渋谷区の取り組みをモデルケースとして、今後はこの『使える』マップが東京都全域、さらには全国へと『より広く、より便利に、そして身近に』広がっていくとよい」と、今後の展望を語りました。

産学官で議論する、バリアフリーマップの「次の一手」

各氏の講演後、3名の登壇者によるディスカッションが行われました。アカデミア(別所氏)、民間企業(大澤氏)、行政(髙橋氏)という、まさに産学官のキーマンが揃った場で、バリアフリーマップが直面する現実的な課題と、その解決策について活発な議論が交わされました。
ディスカッションの最初の焦点は、別所氏も指摘したデータ収集の「非現実的な費用・時間・人手」 という課題に集まりました。
別所氏が「民間施設のトイレ情報は、どうやって収集しているのか?」 と質問したところ、髙橋氏は、渋谷区に関しては公式データよりもWheeLog!(ウィーログ)などユーザー投稿によるデータが「圧倒的に多い」と回答。髙橋氏は別所氏が赤羽台で実施した学生ワークショップに言及し、「別所先生のAI(写真から設備を自動判別する技術)のようなツールを使えば、学生や市民が街歩きでデータを集める活動も、より現実的な範囲に落とし込めるのではないか」と、技術と市民協働の連携に期待を寄せました。
一方で、別所氏は「商業施設のトイレの写真を勝手に撮って投稿することへの許諾」という、データ収集時の現実的な障壁を指摘。これに対し大澤氏はANAのアプローチとして「我々はまずコンセプト(誰もが移動をあきらめない世界)を伝え、共感をいただくことから始める。メリットがわかれば、施設側から『どうぞ撮ってください』と非常に協力的になってくれる」 と述べ、事前の合意形成と「共感」の重要性を強調しました。

技術の話題はさらに深まり、大澤氏が別所氏のAI技術について「単にデータを集めるだけでなく、ユーザー投稿写真の『質』を担保するためにも活用したい」 と期待を述べると、別所氏もこれに応じ、「AI側から『この情報が足りないので、この角度の写真も撮ってください』と、収集をガイドする仕組みも作れそうだ」 と、AIによるデータ収集の高度化に言及しました。

また、高橋氏からは渋谷特有の課題として、ヒカリエのような「地下・地上に広がる複雑な建物の『垂直方向』の情報を、どう地図(UI/UX)で見せるか」 という難問が提示されました。
これに対し大澤氏は、3名が参加する国土交通省のワーキンググループで「データの持ち方(データモデル)は標準化が進んでいる」 としつつ、課題は技術側ではなく「それをどう見せるか(UI/UX)だ」と指摘。別所氏も、駅構内のナビゲーションでは「地図より『この看板を曲がる』といったランドマークの写真が最も有効だった」という過去の知見を共有しました。大澤氏は、技術が100%に至らない現状では、最終的に「心のバリアフリー」、つまり周囲の人の助けを借りる仕組みも重要だ と補足しました。
セッションの後、渋谷区で実際にマップを担当する職員の松本氏からは、「ユーザーから『情報が多すぎる』という声が寄せられる」 という、データリッチな渋谷ならではの課題が提示されました。大澤氏曰く、実はその声をもとに利用者が必要な情報だけを選べる「絞り込み(フィルタリング)機能」が生まれたとのことで、将来的にはアカウント機能(個人の特性に合わせた表示) がその最終的な解決策になり得ると応じました。

ディスカッションの最後、別所氏は「行政、当事者、民間、ボランティアなど、多様な人が『みんなで作っていく』仕組みが肝心だ」とコメント。大澤氏は「まさに今日の登壇者のような産学官の連携こそが、物事を進める一番の答えだ」と力を込めました。
髙橋氏は、「迷ったときは『何のためにやるのか』、つまり『移動に課題を抱える人をサポートする』という原点に立ち戻ることが大切だ」と述べ、「この取り組みを渋谷区だけに留めず、全国の人が同じように情報へアクセスできる未来を目指したい」と締めくくり、三者の連携で課題解決を進める決意を新たにしました。

なお、こちらのシンポジウムはアーカイブでご視聴いただけます。
バリアフリーマップ~ユニバーサルな地図で、誰もが安心して歩ける街へ~

(注1)本記事では原則として「障害」と表記していますが、講演者の資料や発言については、その意図を尊重し「障がい」と表記している箇所があります。
(注2)国土交通省による令和7年度「日本版MaaS推進・支援事業」に採択されたプロジェクトです。

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