取材記事

【開発者インタビュー】バスや電車が「お散歩」の一部になる。散策アプリ「Waaalk」の取り組み

【開発者インタビュー】バスや電車が「お散歩」の一部になる。散策アプリ「Waaalk」の取り組み

普段は行かないような、少し遠くの場所まで足を延ばしてみる。片道たっぷり歩いたら、帰りはバスや電車に揺られて戻ってくる。体力的な負担を抑えながら、いつもの散歩を小さな「冒険」に変えてくれるのが、散策アプリ「Waaalk(ウォーク)」だ。(東京都23区対応、順次拡大予定)

「Waaalk」は、徒歩と公共交通を組み合わせた「ループ型」の散歩ルートを提案。歩きたい時間に応じて、ベビーカーや車いすでも通りやすい道や、緑豊かな道など、利用者の状況や好みに合わせたルートを選べるサービスだ。

この独創的なルート提案に活用されているのが、国土交通省が推進する「歩行空間ナビ・プロジェクト(ほこナビ)」で整備・公開されている「歩行空間ネットワークデータ(以下、NWデータ)」である。公共交通に新たな価値をもたらすイノベーションを創出するためのコンテスト「公共交通オープンデータチャレンジ2025 -powered by Project LINKS-」で優秀賞を獲得。NWデータ活用の好事例として注目されている。

見慣れた街の新しい魅力と出会い、より豊かな散策体験を創出する「Waaalk」誕生の背景や、「ほこナビ」への期待について、開発者であるソフトウェアエンジニアの田端なつみさん、大学教員の田端祥太さんご夫婦に伺った。


子どもとの散歩を、もっと自由に楽しむために。

――「Waaalk」の開発経緯について教えてください。

なつみさん:きっかけとして大きかったのは、昨年子どもが生まれ、日常的に散歩をする機会が増えたことです。ベビーカーに慣れてくると、近所だけでなく「少し離れた商業施設まで足を延ばそうか」となる日も出てきました。ただ、乳幼児を連れた散歩にはそれなりに時間も気力も必要です。出かけた先でも、子どもがお腹を空かせたり疲れたりでぐずってしまうこともあり、「帰りはできるだけササッと移動したい」と思うようになりました。

無理なく行動範囲を広げられる、そんな「自分たちが今まさに使いたいアプリ」を作ろうと考えたのが、「Waaalk」を立ち上げた経緯になります。

祥太さん:私はもともと建築学専攻で、大学では都市レベルの歩行空間について考える研究テーマもあり、日頃から「歩く」ということに向き合う機会は多かったんです。ただ、それまでの研究は、自分自身が自由に歩けるという経験を前提にしていた部分がありました。旅先などで知らない街を自由に歩くのも好きだったんですが、ベビーカーを使うようになって、そうした街歩きが大きく制限されることを痛感しました。歩道の幅が狭くて歩行者とすれ違えなかったり、途中で歩道が途切れて車道に出ざるを得ず、不安を覚えたり。

「歩く」という当たり前の行為が、実は意外と不自由な場合もあると気づけたことが、アプリ開発への大きなモチベーションになりました。

「歩きたい時間」から散歩ルートを提案。公共交通とオープンデータが支える「Waaalk」

――あらためて、サービスの特徴を教えてください。

なつみさん:「Waaalk」は、目的地までの最短ルートを検索する一般的なナビアプリとは発想が異なります。「歩きたい時間」と「出発(到着)地点」を設定するだけで、その時間に合わせた「ループ型」の散歩ルートを提案します。ただ歩くだけではなく、前半は散歩をじっくり楽しみ、後半は電車やバスを利用するといった形で、公共交通を組み込んでいるのが大きな特徴といえます。検索結果では、利用するバスや電車の発着時刻、運賃まで一括で確認できます。

さらに、歩く速度やベビーカー・車いすの利用などに応じた「歩行モード」と、自然を感じられる道やお店の多い道といった「ルートの好み」も選択できます。「どのように歩きたいか」と「どんな場所を歩きたいか」のふたつを組み合わせることで、その日の気分や状況にぴったりの散歩コースを見つけ出せます。

アプリ画面/東京駅を起点に希望時間60分、ベビーカーで自然を楽しむルートを検索したところ、4種類のルートが提案された。それぞれの詳細画面を開くと電車の時刻表や運賃も確認できる。
アプリ画面/同じ条件で検索しなおすと別のルートが提案されるため、何度でも散歩を楽しめる。

※以下より「Waaalk」のサービスを体験できます。
webアプリ:https://web.waaalk.com/
モバイルアプリ(現在はiPhoneのみ対応):
https://apps.apple.com/gh/app/waaalk/id6756814515

──特に「自然を感じられるルート」というのはユニークですね。どのようなデータで判定しているんですか?

祥太さん:まず、地図のベースとなっているのはオープンストリートマップ(※世界中のユーザーが編集できるオープンライセンスの地図データ)です。「自然を楽しむルート」を選択した場合、森林や河川などに面した道が優先的にルートとして選ばれるのですが、そのために地図に埋め込んでいるのが、国土交通省が公開している「緑被分布図」のオープンデータです。 

このデータでは緑被地(※樹林地や水辺地など、緑や自然物で覆われている土地)がピクセル単位で示されていますので、そのピクセルとオープンストリートマップの道のデータが重なっていれば、「自然に面した道」と判断する仕組みが裏で動いています。

「お店を楽しむルート」も同様で、オープンストリートマップにあるレストランやショップなどのタグ付きのポイントデータを最も近い道に対応させることで、「店に面した道」を判定しています。他にも、NWデータはベビーカーや車いすで通れる勾配、段差、扉の有無などを判定するために活用させていただいています。あとは、コンテストで公開されていた駅やバス停といった公共交通の位置・時刻表の情報(GTFSデータ)ですね。あわせて4種類のオープンデータを組み合わせることで、利用者の好みに応じたルートを導き出しています。

──開発にあたって、特に苦労された点はありますか?

祥太さん:開発では主に、妻がインターフェースを、私が裏側のルート計算や交通機関の時刻表データの組み込みなどを担当しましたが、一番苦労したのは検索時間の短縮です。23区全域を対象にすると、扱うデータ量が膨大になります。特に、電車やバスの時刻表などのデータはWEB API(※外部システムと連携してデータを取得する仕組み)を通じて毎回取得してからルートを計算するため、どうしても処理に時間がかかってしまうんです。

最終的には、1回の検索で最大5種類のルートを一気に提案できるようにしたのですが、結果が出るまでに20秒ほどかかってしまうこともあって。ユーザーの利便性を考えると、ここはもう少し縮めたかったというのが正直なところです。

──通信環境が5G、6Gと高速化していけば、その問題も解決されていくのでしょうか?

祥太さん:もちろん、通信が速くなればデータを取得する時間は短くなります。ただ、大きな負荷になっているのは、取得した膨大な情報をアプリ上で使える形に加工する工程なんです。開発者としては、ミールキットのように、あらかじめ目的に合わせて使いやすくパッケージングされたデータがあれば、よりスムーズな検索体験を提供できるのかなと感じています。

――アプリを公開してから反響はありましたか?

なつみさん:身近な人たちからはポジティブな反応をいただいていますが、現状では23区限定ということもあり、反響は限定的ですね。

祥太さん:ただ、審査の場で「こうしたニーズは外国人にもあるのではないか」と言っていただいたことは、とても印象に残っています。私たちは当初、ベビーカーや車いすを利用する方など、歩くことに制約がある人にも、公共交通を組み合わせて行動範囲を広げてほしいという思いから「Waaalk」を作りました。一方で、日本の有名な観光地を巡り尽くした外国人の中には、もっと日本らしいローカルな場所を訪れたい人もいる。その人たちに「Waaalk」が役立つのではないか、という指摘で、新しい可能性に気づかせてもらったと感じています。

なつみさん:そうしたニーズを満たすためにも、提供エリアの拡大と並行して、外国語対応も急ぎたいですね。とはいえ、お伝えしているように、エリアを拡大すると、その分扱うデータ量が増えてシステムへの負荷が大きくなります。さまざまなオープンデータをどのように管理・活用し、応答速度を保ちながら提供エリアを広げていくかという点を、今まさに検討しているところです。

「公共交通オープンデータチャレンジ2025 -powered by Project LINKS-」の授賞式の様子
「公共交通オープンデータチャレンジ2025 -powered by Project LINKS-」の授賞式の様子

移動を効率化するだけじゃない。安心して歩くことを楽しめる未来へ

──国土交通省が推進する、「ほこナビ」に関してもご意見を頂きたいです。本プロジェクトで扱うデータ(NWデータ/バリアフリー施設等データ等)が今後さらに公開・拡充された場合、「Waaalk」とどのような連携の可能性がありそうかお聞かせください。

なつみさん:NWデータの対象エリアが広がれば、プロダクトとして単純にサービスの提供エリアが増えますし、主要な道だけでなく、住宅街の生活道路など、より細かな道までカバーされるようになると、さらに大きなメリットがあると思います。バリアフリー施設等データについては、アプリ開発中にその存在を知らず、活用しきれなかったのが心残りですね。うまく地図に組み込むことができれば、現在のようにルートを提案するだけでなく、施設への立ち寄りを含めたルート案内や、地図上で施設を確認できるような機能も追加できそうです。

祥太さん:バリアフリー施設等データを活用することで、「安全」だけでなく「安心」して歩けるルートを提案できるようになるのではないかと考えています。

今の「Waaalk」は、段差や勾配などを考慮して安全なルートをつくり、そこに「自然を楽しむ」「お店を楽しむ」といった要素を組み合わせています。先ほども話題に出ましたが、赤ちゃんを連れて散歩していると、突然ミルクが必要になったり、おむつを替えたくなったりすることがありますよね。そうした時期に、散歩ルートの近くに利用できる施設があると分かっていれば、もっと安心して外に出られます。そこには「Waaalk」ならではの価値をつくれる可能性があると考えています。

──歩行空間のDX化という観点では、今後どのようなことを期待しますか?

祥太さん:歩行空間のDX化によって、移動そのものが「体験価値」になるような未来が来たらいいなと思っています。

デジタル化というと、どうしても「移動を効率化する」「無駄な移動時間を短くする」といった方向に考えがちです。しかし、なぜ人が歩くのかと考えると、単に目的地へ移動するためだけではありません。街を歩いて新しいものを発見したり、自分の世界を広げたりすること自体に価値があります。「Waaalk」にも、移動そのものを楽しんでもらいたいという思いを込めています。デジタルの力が、効率化や省力化だけではなく、より人間らしい豊かさにつながっていけばうれしいですね。

なつみさん:私は最近、熊本で一人暮らしをしている祖母を通して、「歩いて生活できるまちづくり」について考えるようになりました。祖母は車の免許を持っていないため、徒歩か公共交通機関が頼りです。しかし、年齢を重ねて歩くのが大変になると、若い人ならすぐ行ける近所のスーパーですら大きな負担になってしまい、その姿を見ると胸が痛くて。

これから高齢化が進む中で、歩くことが主要な移動手段になる方は確実に増えていきます。都市部だけでなく、公共交通や施設が限られている地域でも、誰もが安心して歩いて暮らせる環境をどうつくるか。そこに歩行空間のデータを活用できる可能性があるのではないかと感じています。

──ありがとうございました。最後に、オープンデータ全体に期待することや、オープンデータを活用して今後取り組んでみたいテーマがあれば教えてください。

なつみさん:本業で有料のデータに触れる機会も多いのですが、誰でも無償で利用できるオープンデータの存在は、個人の開発者にとってすごく大きなものです。収益性を度外視してでも、社会や誰かの困りごとを解決する「ソーシャルグッド」なサービスに挑戦しやすいと感じていますので、いろいろな分野に広がっていけばいいなと。私自身、最近は子育てや、女性の健康管理といったヘルスケア分野にも関心を向けており、「Waaalk」のように自分自身の課題や生活体験をもとに、自分や身近な人の役に立つアプリをこれからも作っていきたいです。

祥太さん:オープンデータは、ソーシャルグッドのためのインフラだと思っています。オープンデータだけですべてを解決するのではなく、何か目的を持ってサービスをつくるときに、必要なデータやツールと組み合わせるための「下敷き」のようなもの。そのインフラをここまで育ててくださった方々に、まずはお礼を言いたい気持ちです。インフラのデータが充実すればするほど、組み合わせられるデータやツールも増えていきますから、その点は今後も大いに期待しています。

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