
1月23日、「持続可能な移動支援サービスの普及・展開に向けて」をテーマに、第2回歩行空間DX研究会シンポジウムが東洋大学 赤羽台キャンパスにて開催された。民間事業者や行政等の関係者がパネリストとして意見交換する中、車椅子利用者の立場から移動支援サービスの早期普及の重要性を訴えたのは、NPO法人 仙台バリアフリーツアーセンターで代表理事を務める岩城一美さん(写真左から2番目)だ。
※第2回歩行空間DX研究会シンポジウムのレポートはこちら
同法人では障害者が中心となり、「行けるところから行きたいところへ 叶える旅に出よう」をモットーに、障害者・高齢者等のためのバリアフリー旅行の案内・情報提供を行っている。観光宿泊施設については、基本的には社員が現地調査を行うことで情報収集しているというが、その活動にはさまざまな困難が伴っているようだ。今回は岩城一美さんと、同じく車椅子利用者であり、同法人で理事を務める及川智さん(写真右)に、詳しい活動内容や、国土交通省が推進する歩行空間ナビ・プロジェクト(ほこナビ)への期待についてお話をうかがった。
入念なリサーチが欠かせない、車椅子利用者の旅行の苦労
――NPO法人 仙台バリアフリーツアーセンターのお取り組みについて教えてください。
岩城さん:国土交通省が策定したバリアフリー設計のガイドライン(高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準)や、私たちが加盟している日本バリアフリー推進機構(以下、機構)が開発、提案している「パーソナルバリアフリー基準」をベースに、宮城県内の観光宿泊施設を調査し、その情報を提供すること。移動手段が制約されがちな障害者・高齢者の方々が安心して旅行を楽しめるように、電話相談などでサポートすることが主な活動内容です。調査して得られた情報の一部は、機構が提供するユニーサルデザインの観光地づくりを推進するポータルサイト「全国バリアフリー旅行情報」でもご紹介しています。
運営は、仙台を拠点とした障害者・高齢者向けヘルパー付介護旅行の専門旅行会社である株式会社 旅日記さんと連携して行っています。現在の社員は10名で、そのうち車椅子利用者が5名。旅日記の方々も構成メンバーとして入っていただいている形です。
――障害者や高齢者の方々が旅行する際、どんなことに困られているのでしょうか? シンポジウムでは、車椅子利用者が移動時に直面するシチュエーションの例として、駅におけるエレベーターの問題を挙げていましたね。エレベーターの位置がわかりづらいことや、混雑で乗降に時間がかかることで予定の電車を乗り過ごしてしまい、計画していた移動行程を一から立て直すことになると。
岩城さん:エレベーターの件も関係することですが、何よりも時間ですね。私たちは移動に限らず、何かをするときに普通の人と比べて時間がものすごくかかってしまいますので、一般的な移動時間の目安の情報は役に立たず、リサーチが不可欠です。
駅の話でいえば、地方では、有人駅でも車椅子で乗車する場合には、前日までの連絡が求められることもあります。また、上下移動手段がエレベーターしかない私たちは、地域に限らずその混み具合やコンコースからホームまでの所要時間も予測しつつ行動する必要がありますし、車両の乗降には駅務員によるスロープ設置が必要で、その依頼から乗車までの時間も計算しなくてはなりません。「来た電車」には乗れないんですね。
及川もそうですが、ヘルパーに同行してもらう必要がある方の場合、移動時間の心配がある上に、どんな人がヘルパーで来てくれるのかといった不安も重なってくるので、旅行の心理的なハードルは高くなりがちだと思います。
及川さん:そうですね。サポートの問題もありますし、旅行に向かった先での行動をイメージできるかどうかは非常に大事です。観光施設のどこまでなら車椅子で進入できるのか、情報にアクセスできないと、どうしても旅行しようという気持ちになりづらいですから。さらに、情報にアクセスできるとしても、媒体ごとに網羅性がなく、いくつかの媒体を横断しながら情報収集する必要があることも負担になっていると感じています。

――10名ほどのメンバーで現地調査をされているというお話がありましたが、具体的にどのような調査をされているのでしょうか? あわせて、その際にご苦労されていることがあれば教えてください。
岩城さん:移動円滑化を念頭に、観光施設の歩行空間の寸法を計測するのはもちろん、車椅子で実際に走行できる様子や、車椅子利用者の視点からどのように見えるかをわかりやすいように撮影するのですが、計測や撮影には非常に時間がかかることが多いことです。特に車椅子利用者が調査を行う場合、移動と撮影の両方に気を使わなければないため複雑さが増します。たとえば、歩ける人が現場で移動しながらカメラを操作する場合と比べて、車椅子が勝手に動かないようにブレーキの操作をしながら撮影する、などです。これらの要素が加わることで、調査や撮影にさらに多くの時間と労力がかかりますね。
――岩城さんは、車椅子利用者と健常者が一緒になって全国のバリアフリー情報を投稿できる地図アプリ「WheeLog!(ウィーログ)」を運営するNPO法人ウィーログにも企画委員として携わっていますよね。以前ウィーログの方々に取材したときも、場所によっては健常者の方が撮影したほうが効率的だとおっしゃっていました。
岩城さん:そうですね。たとえば、駅のエレベーターは後ろから一緒に駅員さんが誘導と介助をかねて同行してくれるので、なかなか立ち止まって綺麗な写真を撮ることが難しいので、そういったシーンでは歩ける人が撮影するといいですね。宿泊施設でも、立った目線から撮ると部屋の広さがよくわかるというメリットもありますし。もちろんその場に車椅子利用者がいて、スムーズに移動できるのか体験してみるのが何よりの調査にはなるので、ウィーログと同様に、歩ける人と車椅子利用者が協力していくのが効率的だろうと考えています。
バリアフリーな宮城旅行のモデルコースを公開し、「車椅子でも行ける!」という安心を提供

――「全国バリアフリー旅行情報」に掲載しているバリアフリー情報はどのくらいの頻度や量で更新できているのでしょうか?
岩城さん:少しでもWEB上のバリアフリー情報を充実させたい気持ちがあり、実際に情報自体はたくさん持っているのですが、正直なところ情報更新に割けるリソースが不足している状況でして、ここ数年は「全国バリアフリー旅行情報」の更新が満足にできていません。
及川さん:費用の問題もありますし、岩城が代表理事になって2年経つのですが、前任者からの実務的な引き継ぎにも時間がかかっています。メンバーの想いは強くても、なかなか結果がついていっていないのが実情です。お電話をいただいた方にはそれなりに対応できているのですが、WEBを頼りにされている方々に対しては、やはり心苦しく感じています。
岩城さん:ただ、最近になって私たちの取り組みに理解を示してくださった仙台市さんと仙台観光国際協会さんにご協力いただき、仙台観光国際協会さんが運営する観光情報サイト「せんだい旅日記」に、「仙台 – 松島 Smooth Trip」というバリアフリーな1泊2日旅行のモデルコースを掲載することができました。

岩城さん:車椅子利用者や高齢者が仙台市内や日本三景の一つに数えられる松島を周遊し、国宝である瑞巌寺の建築をはじめ、景観や食、ショッピングをスムーズに楽しむことを想定したコースで、1年以上かけてこつこつページ制作を進めてきました。私自身、他県でこのようなコースが紹介されていたら旅行してみたい気持ちになりますので、作って良かったなと思っています。
――シンポジウムでも触れられていましたね。このモデルコースによって、「安心を皆様に提供することができる」と。
及川さん:車椅子利用者の中には移動に消極的な方も少なくありませんが、こうした具体的な移動手段も示したモデルコースが一つでもあると、「車椅子でも行ける!」と興味をもっていただけると思います。実際に行けたとなれば、そこから次回の旅行も前向きに検討してもらえるのかなと。今回の件で仙台市の観光分野とのつながりもできましたので、少しずつでも情報発信を進めていきたいです。
――本当は旅行に行きたいけれど、さまざまな問題から諦めてしまう障害者や高齢者の方々は多いと聞きます。まさにユニバーサルツーリズムですね。
それでは、今後の目標について教えてください。
岩城さん:情報の充実と多様化です。より多くのバリアフリー対応施設や観光地の情報はもちろんですが、たとえば絶景スポットがあるとして、そこに車椅子でも行けるのか。車椅子で行ける場所のうち、どの角度からどんな景色が見えるのか。どういった視点で障害者・高齢者の方々が情報を探しているのかを考慮に入れて、細かなところの情報まで発信できるようにしていきたいです。また、どうすればもっと効率的に情報を収集できるのか、さまざまなやり方で模索していこうと考えています。
人口が減る地方にこそテクノロジーが必要――ほこナビへの期待
――国土交通省の歩行空間ナビ・プロジェクトについてもお聞きします。本プロジェクトでは、歩行空間における人やロボットの円滑な移動の支援に向け、歩行空間ネットワークデータ・施設データのオープンデータ化や、そうしたデータの整備・更新・利活用を一体化して行うデジタル基盤「ほこナビDP」の開発を進めています。この取り組みについてご意見を聞かせてください。
及川さん:この取り組みには非常に関心があります。全国各地でバリアフリーマップをはじめ、いろいろなバリアフリー情報を発信しようとされていますが、先ほども少し話題に出したように、それらの情報が一元化・統合していくのは、整備する側にとっても利用する側にとっても重要なことだと思います。
岩城さん:そうですね。フォーマットが統一された状態でオープンデータ化され、それがリアルタイムで更新されていくようになれば非常に素晴らしいことだと思います。利用者が簡単にアクセスできるようなシステムが構築されれば、私たちの活動の幅も広がっていくでしょう。また、私が実証実験で参加させていただいた、全日本空輸株式会社(ANA)さんが主導する「Universal MaaS」(※)の更なる発展にもつながってくるかと思います。
※障がいや高齢など、何らかの理由により移動をためらう方々(移動躊躇層)に対し、ユニバーサルデザインの発想で、door-to-doorの移動を一つのサービスとして提供する取り組み。主なサービスとして、交通移動・宿泊、観光サービスなどの介助手配窓口を一元化する「一括サポート手配」、徒歩移動に必要な参考情報を自治体・住民・観光客の垣根なく集約する「ユニバーサル地図/ナビ」がある。
――ありがとうございました。最後に、本プロジェクト、もしくは国土交通省に期待されることがあればお聞かせください。
及川さん:中央だけでなく、地方の自治体まで漏らすことなく本プロジェクトを広げていただきたいです。情報やテクノロジーがより必要なのは、人や物、お金が集まりがちな中央ではなく、今後どんどん人口が減っていくことが明らかな地方だと考えています。人口減少をカバーするためのテクノロジーの重要性を重視していただければありがたいですし、私たちもさらに意識を強めていきたいです。この取り組みに心から期待しています。