
「WheeLog!-みんなでつくるバリアフリーマップ」(以下、ウィーログ)という地図アプリがある。車椅子ユーザーが、実際に車椅子で走行したルートや、観光地や飲食店などで発見・体験したバリアフリー情報をシェアできるユーザー投稿型のアプリだ。「車いすでもあきらめない世界」をミッションに掲げるNPO法人ウィーログが開発・運営を担っている。
同法人の代表を務める織田友理子さん自身も車椅子ユーザーだ。織田さんは大学在学中に、体幹から遠い部位である手足から全身の筋肉が低下していく進行性の筋疾患「遠位型ミオパチー」を発病。困難に直面しながらも、NPO法人「PADM遠位型ミオパチー患者会」を立ち上げたり、ブログやYouTube「車椅子ウォーカー」でバリアフリー情報を発信したりと、自身と同じような立場にいる人々をサポートする活動に精力的に取り組んできた。
2015年にはウィーログのアイデアを構想し、さまざまなテクノロジーの活用を通じて社会問題の解決にチャレンジする助成コンテスト「Googleインパクトチャレンジ」でグランプリを獲得。2年間の開発期間を経て、2017年にアプリのリリースへこぎつけた。2020年にはドバイ万博にグローバルイノベーターとして選出され、2023年には外務省主催の「ジャパンSDGsアワード」において内閣総理大臣賞を受賞するなど、国内外から注目を集めている。2024年末時点で総ユーザー数は10万人を突破し、スポット情報は約6万件投稿されているなど、活発に利用されている状況だ。
今回は織田友理子さん(写真左)とウィーログ事務局の松下雄一さん(写真右)に、リリースから7年が経ったウィーログの現状や、今後の展望についてお聞きした。
車椅子ユーザーの「行けた」という経験が誰かの人生を変えていく「ウィーログ」
――ウィーログの概要とコンセプトについて教えてください。
松下さん:ウィーログは、Googleマップをベースに、日本全国、全世界のバリアフリー情報をユーザーが登録して共有することができるバリアフリーマップです。現在、日本語を含めて10言語に対応しています。共有する情報としては主に2種類ありまして、一つは施設や設備のスポット情報です。「車椅子用の駐車スペースの有無」や「段差フリーか否か」といった評価のほか、口コミを投稿することもできます。もう一つは車椅子ユーザーが実際に通ったルートを、スマホのGPS機能を使って位置情報を記録し、共有することができるようになっています。
加えて、ユーザー同士がコメントを送り合える「つぶやき」という機能で、おしゃべりをしながら情報交換ができるというのもウィーログの特長です。日常のたわいのない会話から、例えば雨の日の移動方法とか、おすすめのカッパだとか、そういったいろいろと生活のお困り事というのも解決できる。総合的にバリアフリー情報が集まるアプリとしてお使いいただいています。

織田さん:コンセプトという話では、SDGsの基本理念に「誰一人取り残さない」というものがありますよね。SDGsの取り組みが始まった頃に、私が強く思ったのは、「助けられるばかりの人なんていないな」ということでした。
ウィーログができるまでは、私の中で、外出すると人の手を煩わせてしまうという感覚が強かったんです。エレベーターのスペースを占領してしまうので、健常者の方が乗りづらいだろうな、とか。ドアを開けてもらうとか、ボタンを押してもらうとか、介助というわけではなくても、いろんな人に手を貸してもらいながらでないと外に出ることができません。助けてもらうばかりで、自分が外出することの意味に悩み、自分の欲を満たす行為でしかないのかも、と考えてしまったこともありました。
ですが、人は生きている限り、助けられるだけじゃなくて、助けることもできます。そのことを、私と同じように悩む障害者の方たち、車椅子ユーザーの方たちに感じてもらえる場を増やしたかったんです。ウィーログは、自分が出かけることによって、人に情報を提供できて、行動変容を促せます。そうすると、その人が社会に交わり、人生の選択肢を増やすこともできます。そういった行動の連鎖、循環みたいなものを、もっと活発に、血の通ったサービスとして温かく広めていきたいなと考えました。
また、運営する上では「障害者も健常者も垣根なく」というところも重視しています。障害者向けのアプリだとしても、障害者だけの閉じられた活動にはしたくありませんでした。
健常者の方にも関心をもっていただけるような活動でなければ、社会は変えられないと考えていたこともありますが、なにより、みんなが過ごしやすい、生きやすい、幸せになるような社会を作っていくための課題を、みんなで解決していくということがやりたかったんです。そのために、健常者の方や理学療法、作業療法士といったリハビリ関連の専門職の方が、車椅子ユーザーとともに、ウィーログの機能を活用しながら街歩きをするワークショップを全国で開催するなど、障害のあるなしにかかわらず、自分事として広く関心をもっていただけるような取り組みも実施しています。

――健常者の方も、というお話がありましたが、実際に「ウィーログ」を利用している健常者のユーザーは多いそうですね。
松下さん:はい。実は7割以上が健常者、歩ける人のユーザーなんです。たとえばレストランの情報は、車椅子ユーザーが実際に体験しないと投稿しにくい、分からないという部分があるのですが、エレベーターやトイレなどの情報は、逆に歩ける人のほうが投稿しやすいんです。例えば、車椅子だとエレベーターでボタンを押したり、バックで出なければならなかったりと、利用すること自体に時間がかかるので、そこからさらに写真も、ということが難しい。歩ける人は写真もすぐ撮れるので、特にトイレやエレベーターに関しては、歩ける人も投稿してくださることが多いかな、という感覚です。

「どうせ車椅子では行けないだろう」という思い込みの変革がモチベーションに
――こうした情報サービスの分野で、車椅子ユーザーのサポートをしようと考えたきっかけはなんだったのでしょうか?
松下さん:織田自身が実体験として、情報の重要性に気づいたというのが大きなきっかけとしてあります。織田は今でこそ、こちらが心配になるくらい(笑)、体力の続く限り外に出るような人ですけれども、車椅子に乗りたての頃はそんなことはなく、子育ても重なって、あまり外出しなかったというんですね。
織田さん:そんな時期、3歳になる息子を海に連れていきたいなと思いまして。車椅子では無理だろうと半ば諦めつつ、インターネットで調べてみたら、車椅子で利用できるように道や更衣室などが整備された「ユニバーサルビーチ」が茨城県大洗町にあるというのを見つけて、実際に息子を連れて海水浴を楽しむことができました。そのとき、「情報さえあれば車椅子でも出かけられるんだ!」と視界が開けたように感じました。そこから、2014年に開設したYouTubeチャンネル「車椅子ウォーカー」やブログなどで私が体験したバリアフリー情報を紹介していたのですが、1人での情報発信に限界を感じまして、当事者同士で情報共有できるプラットフォームを構想した形です。
松下さん:情報は単なる情報ではなくて、概念を変えるものだと思います。車椅子ユーザーにとって、今まで行けないと思っていた、その思い込み、ひいては人生を変えるためのものが情報になるということです。同じ車椅子ユーザーが行けたのなら自分もチャレンジしてみようと思える、そういったモチベーションにつながるというところが、情報が持つ力だと考えています。
――そう聞くと、ウィーログの口コミや「つぶやき」の機能の価値が理解できます。
松下さん:そうですね。基本的なバリアフリー情報はもちろん重要ですが、その上で、「スムーズに移動できた」とか、「店員さんが親切だった」とか、そうした生の声がモチベーションにつながっているようです。
一昔前まで、車椅子ユーザーの方々がどこから情報を得ていたかというと、知り合いの車椅子ユーザーからだったんですね。限られた人脈の中でしか聞けなかった情報というのを、アプリの中で人脈を増やすようなイメージで得ていけるというところが、ウィーログの大きな特長かなと考えています。
完璧な情報でなくても構わない――事業者の協力が今後の課題
――ウィーログのリリースから7年が経ちましたが、運営していく中で課題と感じられていることはありますか?
松下さん:課題は三つあります。一つはスポットの情報収集に関してです。ウィーログでは自治体が公開しているオープンデータなども活用していますが、基本的にユーザーベースで情報を収集しているため、どうしても網羅的な面での抜けが出てしまいます。
二つ目はデータの重複、更新についてです。たとえば、バリアフリー情報を集める街歩きイベントを何度も開催している場所があるのですが、そうすると同じスポットの投稿が増えていきます。7年続けてきたからこそ、情報整備、データクリーニングの必要性が見えてきて、その対応に苦慮しているところです。
三つ目は、たとえばホテルであれば、部屋なら問題なく写真を撮れるものの、それが共有スペースになると、どうしても写真を撮るのに気が引けるという声がユーザーから届いています。ですので、そういったグレーゾーンに関しては、施設の方に情報を提供していただければありがたいな、と考えているところです。
――事業者に協力していただくために、どのようなハードルがありますか?
松下さん:事業者に関しては、完璧でなくてはならないという意識があるように感じています。「うちは階段がある」とか「ちょっとした段差があるから」とか、そういったところで引いた姿勢になってしまうかもしれませんが、ユーザーからすると、情報があるだけでありがたいんです。
ひと口に車椅子ユーザーといっても、障害の程度にはグラデーションがあって、ちょっとした段差なら立って越えられるような方もいます。現状がこうなっている、というのを示してもらえれば、あとはユーザー自身で自分の状況に照らし合わせて判断ができます。今後はそのあたりもうまく伝えていければいいなと考えています。

――今後の展望について教えてください。
織田さん:大変なことでしょうが、ウィーログを日本のインフラに成長させたいという大きな夢があります。車椅子ユーザーであれば誰でも知っている。このアプリがあるから、情報がしっかり得られるから、ちょっとした困り事も相談できるから、安心して外に出かけられる。車椅子でもどんどん新しいところに行ってみようと思ってもらえるアプリにしていきたいです。
また、日本だけではなく、海外の人たちの役にも立つように、というところも考えています。海外にも優れた福祉政策があることは承知していますが、それでも世界的に見て、少子高齢化社会の日本はバリアフリー化が進んでいるからこそ、福祉政策、サービス、テクノロジーなど、バリアフリー関連で世界に貢献できるポテンシャルが日本にはある。その貢献の道を作っていきたいというのが私の最終的な目標です。
オープンデータの整備に向けて、国全体で一丸となることを期待
――国土交通省が推進する歩行空間ナビ・プロジェクトについてもお聞きします。本プロジェクトで扱うデータ(歩行空間ネットワークデータ・施設データ等)をオープンデータとして公開した場合、それらをウィーログで活用する可能性はありますか?
松下さん:可能性は多いにありますし、私の気持ちとしても、ユーザーのために有益なデータは積極的に活用していきたいと思っています。ただ、ウィーログは小さなNPO法人で、専属のエンジニアがいません。すべて外注で作っていただいているという状況なので、技術面やフォーマットの対応などももちろんですが、資金的な課題が大きく出てしまうというのが正直なところです。
オープンデータの活用となると、技術的にはAPIでデータ連携をしていくのが一番良い方法だろうと思います。ただ、そのシステム改修のための資金調達が、ウィーログにとってはおそらく一番難しい部分になってきそうです。
――ありがとうございました。最後に、本プロジェクトや国に期待していることがあれば教えてください。
織田さん:バリアフリーに対する意識が高い自治体さんの中には、ありがたいことに私たちに連絡をくださり、オープンデータをご提供いただくといった動きがすでにあります。ただ、これは本当に自治体の担当者さんのやる気があってのことで、国全体で見ると一部の動きに留まっています。
全国の各自治体からオープンデータを集めるためには、やはり国土交通省さんに取りまとめ役、旗振り役を務めていただくことが重要だと考えています。そうした基礎データは、私たちに限らず、必ずその他の民間のサービスの発展に寄与していくはずですし、基礎データがしっかり整備されることで、次の未来、次のフェーズが見えてくるのではないでしょうか。
本プロジェクトのワーキンググループに私も構成員として入らせていただいていますが、一丸となって良いものにしていこうという気概を強く感じているところです。自治体さんにかかる負担の程度の調整は塩梅が難しいところだと思いますが、ただ「やってください」だけではなく、どうやってさまざまな人をまき込み、共に良い施策を実現していくかという部分を大切にしつつ、うまく進めていただければ嬉しいです。
松下さん;組織体制の整った国のプロジェクトとして、やはりデータの網羅性が一番の強みだと考えています。一つひとつの基礎情報の整備は、大変なわりにすごく地味といいますか、モチベーションが保ちづらい部分かもしれません。しかし、それが集まれば非常に有益なデータになりますし、その上にユーザーベースのデータが乗せられて、さらなる価値が生まれます。外出する際に、「とりあえずトイレはあるな、大丈夫そうだな」という最低ラインがクリアできないと、その先の行動に移れません。ぜひデータ整備を進めていただき、移動に困難を抱える方々の助けになることを期待しています。