取材記事

第3回歩行空間DX研究会シンポジウム『持続可能な移動支援サービスの普及・展開に向けて』

第3回歩行空間DX研究会シンポジウム『持続可能な移動支援サービスの普及・展開に向けて』

2026年1月23日(金)、東洋大学 赤羽台キャンパス INIADホールにて、第3回歩行空間DX研究会シンポジウムが開催された。
本年は前回に引き続き『「持続可能」な移動支援サービスの普及・展開に向けて』をテーマとして掲げ、有識者、自治体、民間事業者、認定NPO法人、そしてプロジェクトアンバサダーなど多彩な関係者を登壇者に迎え、取り組みの進捗紹介やパネルディスカッションによる意見交換が行われた。

本シンポジウムは2部構成となっており、第1部では本研究会の主旨説明および「歩行空間の移動支援に係るデータのオープンデータ化・利活用促進ワーキンググループ」の取り組み報告、第2部では行政や民間事業者、当事者団体といった多角的な視点を持つパネリストを迎え、「持続可能」な移動支援サービスの実現を軸としたパネルディスカッションを展開した。

第1部:プロジェクト紹介・プレゼンテーション

国土交通省 政策統括官 佐々木 俊一氏

開催にあたり、本研究会会長の国土交通省 政策統括官の佐々木俊一氏が開会の辞を述べ、本プロジェクトの更なる推進と社会実装への期待を語った。
佐々木氏は、国土交通省が目指す「誰もが自律的に安心して移動できる包摂社会」の実現に向け、歩行空間データのオープンデータ化を推進している現状を説明した。本プロジェクトは令和6年度までにデータ整備仕様の検討や支援ツールの構築といった技術的フェーズを完了しており、今年度からは利活用促進を主眼に置いた新体制へ移行している。
本研究会が人やロボットの円滑な移動環境を早期に実現するためのプラットフォームであることを強調した上で、佐々木氏は「本シンポジウムを通じて、全国各地で持続可能な取り組みとするために何をすべきか議論を深めたい」と述べ、多様な主体の参画による社会実装への強い期待を示した。

オープン・プラットフォームと生成AIが拓く移動支援の未来

東洋大学 情報連携学 学術実業連携機構長 坂村健氏

本研究会の顧問を務める坂村健氏は、20年来取り組んできた情報通信技術による移動支援の歩みを振り返り、本プロジェクトが依って立つ「オープン」と「生成AI」の哲学について解説した。

坂村氏は、2004年の愛知万博当時からスマホの先駆けとなる端末を用いてバリアフリー情報の提供を試みてきたが、最大の課題は常に「データの整備と維持」にあったと指摘する。歩道や施設の情報は常に変化しており、一時の予算でデータを構築しても、継続的な更新がなければすぐに陳腐化してしまう。この課題に対し、坂村氏は「行政予算だけで全てを賄うのは限界がある」とし、官民やボランティア、そして当事者が協力して情報を構築・共有する「オープンアプローチ」の重要性を改めて提唱した。

さらに今年度の大きな転換点として、坂村氏は「生成AI」の全面的な活用を挙げた。これまでは人間が現地に赴き、手作業で入力していたバリアフリー施設等データ(トイレの設備状況等)を、生成AIが写真や映像から自動で判別・抽出することが可能になっている。
坂村氏は、自身が会長を務める公共交通オープンデータ協議会(ODPT)による動的な交通データと、本プロジェクトが推進する歩行空間の静的なデータを高度に連携させることで、誰もが安心して移動できる「ユニバーサルで包摂的な地域社会」を、生成AIとオープンの力で実現していく決意を語った。

産学官連携で進める「ほこナビDP」の構築

東洋大学 情報連携学部 情報連携学科 教授・学科長 別所正博氏

続いて東洋大学情報連携学部(INIAD)教授で、本プロジェクトのワーキンググループ(WG)座長を務める別所正博氏は、令和7年度から本格化した「普及促進検討フェーズ」における具体的な取り組みと、今後の全国展開に向けた戦略を報告した。
本プロジェクトの中核となるのは、歩行空間に関するデータの整備・更新・利活用を一体的に行うデジタル基盤「歩行空間ナビゲーションデータプラットフォーム(ほこナビDP)」である。別所氏は、自治体、民間事業者、有識者が参画するWGにおいて、アジャイル思考を取り入れながら、実効性の高いデータ整備手法と運用ガイドラインの策定を進めていることを強調した。

今年度の大きな成果の一つが、東京都北区で実施された「歩行空間ネットワークデータ(NWデータ)」の整備実証である。これは、歩道の幅員、縦断勾配、段差の3要素を「ランク区分(S/A/B/C/D/Z/X)」として評価し、データ化するものだ。実証では、国土地理院の基盤地図等から自動生成した形状データをベースに、自治体職員やボランティアがタブレット端末を用いて現地のバリア情報を入力した。さらに、INIADのフィールドワーク実習とも連携し、学生たちが未調査エリアを補完することで、多様な主体が参加するデータ整備モデルの有効性を確認した。

また、大阪府の豊中市と池田市では、バリアフリートイレ等の「バリアフリー施設等データ(以下、施設データ)」の整備実証が行われた。ここでは、最新の生成AI(マルチモーダルLLM)を活用し、写真から「手すりの有無」「オストメイト対応」「ドアの種別」といった属性情報を自動抽出する試みがなされた。別所氏は、自治体ごとにバラつきがあった施設データのフォーマットについて、デジタル庁の標準セットや東京都の事例を参考に標準化を進めていると報告。今後はLINE等を通じた民間施設やボランティアからの投稿機能も視野に入れ、データの鮮度を保つ仕組みを構築していく方針だ。

実証で得られた北区のNWデータや大阪府の施設データは、令和7年度内に「ほこナビDP」上でオープンデータとして公開している。さらに、別所氏は「公共交通オープンデータチャレンジ2025」との連携についても言及。都営大江戸線12駅の駅構内NWデータを新たに公開し、世界中の開発者に歩行空間データと動的な交通データを組み合わせた、革新的な移動支援サービスの創出を呼びかけている。

第2部:パネルディスカッション

車いすバスケットボール選手の網本麻里氏によるビデオメッセージ

第2部パネルディスカッションは、「『持続可能』な移動支援サービスの普及・展開に向けて」をテーマとして開催された。コーディネータを務める坂村氏の進行のもと、行政、認定NPO法人、民間事業者、そしてプロジェクトアンバサダーがまずそれぞれの立場から、バリアフリー化の現状と未来に向けた取り組みを語った。
パネルディスカッションに先立ち、本プロジェクトのアンバサダーを務める車いすバスケットボール選手の網本麻里氏からのビデオメッセージが紹介された。網本氏は、長距離の歩行が困難な当事者として常に最短の移動ルートを模索している日常を伝え、「誰もが過ごしやすい街になってほしい」と思いを語った。

誰もが移動をあきらめない社会の実現を目指して

認定NPO法人ウィーログ 代表理事 織田友理子氏

認定NPO法人ウィーログ代表理事の織田友理子氏は、自身の車いす生活での経験をもとに「車いすでもあきらめない世界をつくる」をミッションに掲げ、10万件以上のダウンロードを誇るバリアフリーマップアプリ「WheeLog!」を運営している。織田氏は、データの継続的な更新が最大の課題であると指摘した上で、特許出願中の「車いす3Dシミュレーション機能」を紹介。これはトイレやホテルを3Dで撮影し、自身の車いすと掛け合わせて通行可否をシミュレーションできる最新技術である。また、2025年にはニューヨークの国連本部でも登壇し、日本のバリアフリー活動を世界に発信していることを報告した。

地形的な「移動の壁」をデジタルで解消する北区の挑戦

東京都北区長 やまだ加奈子氏

東京都北区長のやまだ加奈子氏は、南北に走る崖線を境に最大30メートルの標高差がある区の地形的特徴に触れ、「高低差を踏まえたバリアフリー化」が喫緊の課題であると述べた。北区では、赤羽駅周辺の10メートルの高低差を解消するエレベーター整備などのハード面、コミュニティバス導入による交通不便地域の解消といった施策に加え、ソフト面の取り組みとして「ほこナビ」の実証実験結果を積極的に活用していきたいと述べた。やまだ氏は、今年度策定した「公民連携条例」に基づき、民間事業者の知見を最大限に取り入れながら、データを「公共インフラ」として位置付け、更新し続ける体制づくりへの意欲を示した。

市内全域のバリアフリー化とサステナビリティの追求

大阪府豊中市 都市基盤部 基盤整備課長 久保勝稔氏

大阪府豊中市 都市基盤部 基盤整備課長の久保勝稔氏は、平成14年から掲げる「だれもが気軽に出かけられるまちづくり」という理念のもと、駅周辺にとどまらない市内全域のバリアフリー化を推進している。これまで、デジタル版バリアフリーマップの作成や点字ブロックルートの案内データ公開を進めてきたが、3年がかりの現地調査などデータの「鮮度維持」に多大なコストがかかることが課題となっていた。久保氏は、今年度の国交省実証実験で試みた生成AIによる画像解析技術や、3次元点群データを活用した勾配計測の精度検証に触れ、デジタル技術がメンテナンスの負荷を劇的に軽減することへの期待を表明した。

子育て世代の視点から街のインフラを再設計する

株式会社iiba CPO(プロダクト開発責任者) 町田梨沙氏

株式会社iibaの町田梨沙氏は、子どもが生まれると同時に、それまで慣れ親しんだ街が、段差やエレベーターの位置関係で「知らない街」に一変してしまうという原体験をもとに、子育てインフラ情報の統合に取り組んでいる。授乳室やおむつ替えスペースなどの情報はPDFやSNSなどに散在しており、利用者がゼロから検索しなければならない非効率さがあった。町田氏は、無料で展開しているiibaアプリを通じてこれらの情報を集約し、自治体とも連携して子連れでの外出ハードルを下げる試みを紹介。移動の促進が現地消費を生むというビジネスの視点からも、持続可能なデータ維持の可能性を提示した。

生成AIがもたらす多様な情報支援の可能性

別所氏からは、INIADでの最新の研究事例として、生成AIを用いた新たな支援技術が紹介された。視覚障がい者向けには、お皿の上の料理の位置を「時計の針」の方向に例えて案内する食事支援、聴覚障がい者向けには、周囲に流れるBGMの雰囲気をテキスト化して伝える環境理解支援などの試みが動画とともに披露された。さらに、市民が街の不具合をLINEで投稿すると、生成AIが自動でレポートを作成して行政に通報する仕組みなど、バリアフリーデータの収集だけでなく、共生社会の基盤技術として多方面に応用できる可能性を語った。

「歩く」ことを中心に据えた包摂社会の実現

国土交通省 総合政策局 総務課 政策企画官 鈴木祥弘氏

国土交通省 総合政策局 総務課 政策企画官の鈴木祥弘氏は、本プロジェクトの対象が障がい者や高齢者だけでなく、子育て世代や配送ロボットまで、歩行空間を利用するあらゆる「ヒト・モノ」であることを再確認した。国交省の役割は、技術的な仕様の策定やツールの提供を通じて、地方公共団体や施設管理者がオープンデータ化を進めやすい環境を整えることにある。鈴木氏は、外出の促進が地域活性化につながる「ウェルビーイング」な取り組みであるとし、全国の自治体が熱意を持って参画できるよう、ガイドラインの整備を加速させていく方針を述べた。

データの「持続可能性」と「ガバナンス」をめぐる議論

パネルディスカッションの後半では、坂村氏がコーディネータを務め、本プロジェクトを一時的な実証で終わらせず、社会に根付かせるための課題が浮き彫りにされた。議論の焦点は、膨大なデータをいかに「持続的」に整備し、安全に運用するかというガバナンスの問題と、利用者を増やすための環境構築に集約された。

会場から寄せられた「データが莫大になると保管費用もかかるが、体制はどうするのか」という切実な質問に対し、国土交通省の鈴木氏は、行政予算の厳しさを認めており、「実証などを通じて民間事業者やボランティアの力を借りながら管理していく仕組みを見出したい」と述べた。これを受け、坂村氏は「基本的なデータは行政が責任を持って管理すべきだ」と断じた。実際に、本プロジェクトのデータは国交省の「国土交通データプラットフォーム」への登録が検討されており、行政側でも重要データを公共インフラとして維持する責任感が醸成されつつある現状が示された。
自治体の立場からは、北区長のやまだ氏が「個人情報は守りつつ、利活用しやすいデータと分けて管理する」という実務的な議論の必要性を指摘し、豊中市の久保氏も大阪府と連携してオープンデータを取りまとめて管理する試みを紹介するなど、広域連携による持続的な運用の可能性が語られた。

また、「マネタイズ」に関する議論では、認定NPO法人ウィーログの織田氏がクラウドファンディングや企業スポンサー、自治体からのシステム受託など、多様な資金調達によってアプリを維持している現状を語った。iibaの町田氏は、移動が促進されることで「現地消費」が生まれる点に着目し、子育て世帯を集客したい事業者から掲載料を得ることで事業性を確保するモデルを提示。これに対し坂村氏は、「基本データだけでビジネスにするのは難しい。そこに付加価値を加える側の努力が必要だ」と指摘。同時に、米国の寄付文化を例に挙げ、日本でも社会貢献としての資金提供を文化として根付かせる重要性を訴えた。

さらに「Googleマップに先を越されているのではないか」という厳しい指摘に対して、坂村氏は「Googleはビジネスとして先行しているが、我々のデータを使ってくれる最大の支援者の一人であり、競合(コンペティター)ではない」と説明。 海外勢を出し抜くのではなく、世界の標準化団体(カナダの「モビリティデータ」など)と連携し、日本の先進的な取り組みを世界に広げていく姿勢が、別所氏からも示された。

本シンポジウムの結びに際し、パネリストらからは「データは道路や鉄道と同じ公共インフラである」、「教育との連携により次世代を担う子供たちと共にバリアフリーへの理解を深めていくべきだ」といった、持続可能な社会実装に向けた力強い言葉が贈られた。

最後に坂村氏は、「生成AI」と「オープン」という二つの大きな力を掛け合わせることで、これまで解決が困難だったデータの鮮度維持やコストの壁を乗り越えられると総括。障がい者や高齢者、子育て世代、さらには自動配送ロボットに至るまで、あらゆる「歩行者」が自由に、かつ自律的に移動できるインクルーシブな地域社会の実現に向け、本プロジェクトが新たなフェーズへと大きく踏み出したことを印象付け、盛況のうちに閉会した。

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