取材記事

ほこナビ・プロジェクトへの期待

ほこナビ・プロジェクトへの期待

NECプラットフォームズ株式会社
浅見駿太さん

障がいをもつ方が安心して歩行空間を移動できるようになるためには、歩行空間におけるバリアフリー化の推進だけでなく、歩行空間や移動先の施設におけるバリアフリーに関する詳細な情報が必要になる。たとえば、車椅子利用者にとっては、段差や勾配の有無があらかじめ分かっていれば、外出の際のルートを計画することに役立つ。さまざまな施設におけるバリアフリートイレの有無も、外出の際に必要になる重要な情報だ。
現在、国土交通省では「歩行空間ネットワークデータ」のオープンデータ化を推進している。このデータには、歩行空間の段差や勾配等のバリア情報、施設のバリアフリー情報などが含まれている。これらのデータ整備が進むことで、ICT(情報通信技術)を活用した移動支援サービスが生み出されことが期待できる。このようにして、車椅子利用者の方をはじめ、障がいをもつ方がより安心して移動できるようになることを目指している。
今回は、学生時代にコンピュータサイエンスを学び、今は民間企業に勤務している車椅子利用者の浅見駿太さんに、このプロジェクトへの期待を伺った。

ICTを学びソフトウェアエンジニアに

現在は、メーカーにおいてソフトウェアエンジニアとして働いている浅見さん。まずは、浅見さんの経歴をお聞きした。

――浅見さんの経歴を簡単に教えてください

私は、筑波大学附属桐が丘特別支援学校を卒業後、INIAD(東洋大学情報連携学部)に入学し、そのまま大学院の修士課程まで進学しました。この春に大学院を修了し、今年からメーカーでソフトウェアエンジニアとして働いています。
大学では、コンピュータサイエンスやICTを学びました。私自身、昔からコンピュータには興味があり、高校時代に「U18リケメン・リケジョのIT夢コンテスト2016」というコンテストに参加する機会がありました。そこでは電車に車椅子利用者が乗る際の問題提起を行い、最優秀賞を頂きました。その中で、ICTには車椅子利用者だけでなく、高齢者やベビーカー利用者を支援する力があるということに気づき、本格的に学ぶことにしました。

――今は、どのようなお仕事に携わっているのですか?

現在は、介護施設での業務効率化のために、AIを使った介護者の負担を減らすシステムの開発に携わっています。業務の中では、ChatGPTも活用しています。AIをはじめとしたICTは、私たちの生活を大きく変えてくれると感じています。

車椅子利用者にとっての困りごと

浅見さんも、普段の生活の中で、移動の際に困ることは多くあるという。

――普段、街を移動するときには、どのような点に注意していますか?

初めての場所に行くときは、特に大変です。車椅子で目的の場所までたどりつけるか、バリアフリートイレがあるかといったことを、基本的にはネットで地図やホームページを見て事前に確認します。遅刻できない大事な用事のときは、電話や事前に現地まで行って確認したりすることもあります。実は先日同窓会があったのですが、会場に階段があることが分かり通れるかどうかが確認できずネットにも載っていなかったので、参加を諦めました。
駅などでの移動にも、注意が必要ですね。ホームページの鉄道会社の構内図を見てもよく分からないですよね。そんなときは、現地に行って確認する以外にYouTubeに載っている乗り換え案内の動画を見てシミュレーションすることもあります。

――やはりトイレの情報については、重要なのでしょうか?

はい、とても重要です。私自身は、バリアフリートイレがあるかないかが分かれば大体大丈夫なのですが、障がいの種別によっては、より細かい情報が必要な人も多くいます。広さとか、扉の形式とか、扉が自動か手動かといったことです。使いやすいトイレかを判断するためには、写真はとても役に立ちます。東京都はバリアフリートイレの写真をオープンデータで公開していますが、とても良い取り組みだと思います。
一方で、バリアフリートイレの情報が集まっているサイトはあまり多くないと感じています。本当はGoogleマップなどにこういった情報がきちんと掲載されていくと良いのですが。

国土交通省「ほこナビ・プロジェクト」への期待

浅見さんは、ご自身も国土交通省や東京都のオープンデータ事業に関心をもち、大学院では研究テーマとして取り組んできたとのこと。そんな浅見さんに、本プロジェクトへの期待を聞いた。

――「歩行空間ネットワークデータ」についてどのように思いますか?

私は、実は大学の授業の中で、歩行空間ネットワークデータを実際に作る作業を体験したことがあります。また、このデータを使った実証実験にも、何度か参加してきました。まだエリアが限定的で日常的に使えるところには至っていないと思いますが、将来的には普通の地図アプリに組み込まれて、現在地から目的地までトータルに案内できるようになってほしいです。
データ仕様については、これまでもいろいろ検討はされていると思いますが、工事などの通行止めの情報やエレベータが点検中で利用できないといった情報が連携していると役に立つと思います。また、鉄道や商業施設にアクセスするエレベータやスロープの情報、バリアフリートイレとそこに付随する設備の情報も有効です。歩道の横断勾配は、車椅子利用者の中には空間認知が難しい人もいて不安を感じているので役立つはずです。

――データを集めるためには、どのような方法が有効だと思いますか?

国土交通省が取り組んでいるいわゆる「通れたマップ」は、とても良いアプローチだと思います。車椅子ごとに多少の違いはありますが、実際に車椅子で通れた実績のあるデータは、当事者にとって信頼できるものです。さらに、たとえば車椅子にセンサーをつけて、勾配や路上面の状態や材質などを動きながら収集することはできるのではないでしょうか。
海外の事例だと、Googleストリートビューを用いて路上のアクセシビリティ情報を集めるプロジェクトが有名です。これらのアイデアも、うまく取り込むと良いのではないでしょうか。
もし実際にデータ収集をするのであれば、私自身は喜んで協力しますし、主旨がはっきりしているので、車椅子利用者の多くは協力的だと思います。ただし、インタフェースが分かりやすく簡単に参加できることが重要です。

施設情報のオープンデータ化に向けて

浅見さん自身も、大学院ではバリアフリートイレ情報を効率的に収集するアプリの開発を行なってきたという。どのようなアプリケーションなのかを見せてもらった。

――どのようなアプリケーションなのですか?

一言で言うと、バリアフリートイレの写真をアップロードすると、そのトイレの設備情報――具体的には手すり、背もたれ、オストメイト、大人用ベッド、非常用ボタン、自動ドアボタンの有無をAIで識別して登録してくれるという機能をもった、Webアプリケーションです。
このアプリを開発するにあたっては、東京都がオープンデータとして公開しているバリアフリートイレの写真データを学習し、トイレの設備を識別するAIモデルを作成しています。

――どのようなことを目指して開発したのですか?

先ほどもお話ししたとおり、車椅子利用者の中には、バリアフリートイレの有無だけでなく、より細かい設備の情報を必要とする人がいます。一方で、オープンデータとして公開されているバリアフリートイレの情報は、自治体によって粒度も形式もバラバラです。こういった状況を少しでも改善するために、データの収集を支援するツールの開発をテーマに研究に取り組みました。
実は、今年度の国土交通省のワーキンググループの資料も拝見させてもらっています。いまバリアフリートイレをはじめとした施設情報のデータフォーマットが検討されていて、今後データ管理のためのプラットフォームも開発されていくと聞いています。ぜひこういう仕組みも、取り入れていってもらえたら嬉しいです。

――最後に、本プロジェクトや国土交通省への期待をお聞かせください

車椅子利用者の私としては、歩行空間や駅構内などさまざまな場所のバリアフリーに関する情報が連携されていくことで、安心して街歩きができるようになります。この事業が総合ナビゲーションの役割を果たしてくれるよう発展していくことを期待しています。また、そうやって整備されたプラットフォームが、人手不足が問題になっている運送業界や、買い物難民の高齢者の支援につながるロボットからも活用されるようになっていって欲しいと考えています。

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