2012年に日本で創業し、「すべての人の移動を楽しくスマートにする」をミッションに掲げるWHILL株式会社は、歩道や施設内などの歩行空間を免許不要で走れる近距離モビリティ「WHILL(ウィル)」の開発や販売、関連サービスの提供を約30の国と地域で行っている企業だ。
ウィルは電動車椅子規格で開発されているが、従来の電動車椅子のイメージとは一線を画すスタイリッシュなデザインと、最先端テクノロジーによる優れた走行性能や走破性、操作性が強み。介護領域にとどまらず、高齢者の免許返納後の移動手段や自転車の代わり、また、「遠くに行くときは車だが、近場に行くときはウィル」といった使い分けができる乗り物としても注目されている、全く新しい移動スタイルのパーソナルな近距離モビリティだ。取り扱い店舗総数は自動車ディーラーを含め約全国3,000店に広がるなど、すっかり私たちの身近な存在になりつつある。
今回は、ウィルで目指す世界やそこへ向けた取り組みについて、WHILL株式会社で広報を務める新免那月さんに伺った。
ある車椅子ユーザーの一言から誕生したウィル
――近距離モビリティ ウィルについて、開発のきっかけや特徴を教えてください。
新免:開発のきっかけは、ある車椅子ユーザーの「100m先のコンビニに行くのをあきらめる」という声でした。この言葉には、少し外に出るだけでも段差の多さや悪路などを考えて道を選ばなければならないという物理的なハードルと、周りから「車椅子に乗っている人」「助けが必要な人」として見られ、自信をもって外に出づらいという心理的なハードルへの想いが込められていました。「その課題をデザインとテクノロジーの力で解決しよう」「みんなが乗りたいと思えるものを作ろう」と考えたのがウィルの始まりになります。
弊社では、ウィルに従来の電動車椅子と異なる特徴が大きく三つあると考えています。一つはデザイン性です。ウィルのデザインは「乗る人を主役に引き立てる」ことを大切にしていまして、利用者からは、乗っていると周囲から声をかけられる、小さな子どもから「すごくかっこいい車!」だと声を掛けられたという喜びの声も聞かれます。先ほどお話したように「仕方なく乗る」のではなく「乗りたい」と思っていただけるデザインや、気軽に誰もが近距離を移動できる「モビリティ」だと認識してもらうことは弊社の目指すところで、ありがたいことにグッドデザイン大賞をはじめ、国内外でさまざまなデザイン賞をいただきました。
二つ目は走破性をはじめとする技術面です。具体的には、一般的な車椅子が乗り越えられる段差が2~3cmといわれていところ、例えばウィル製品ラインアップの中でのプレミアムモデル「WHILL Model C2」は前輪タイヤの径を大きくするなどして5cmの段差を越えられるようにしました。反面、タイヤを大きくすると小回りが利かなくなりますが、オムニホイールという複数の車輪が組み合わさった特殊なタイヤを採用することで、安定性と走破性を保ちながらその場で一回転できる小回りの高さの実現に成功しています。このような工夫を積み上げて物理的なハードルの解消を目指しています。
ウィル3モデルについて:https://whill.inc
三つ目はソフトウェアなどと連動したサービスの提供です。ウィル専用の保険を含んだサポートサービスを東京海上日動火災保険と共同開発しており、万が一の際にも安心安全な体制を構築しています。ソフト面で言えば、たとえば歩道を走れるスクーター型の「WHILL Model S」では利用者の機体とスマートフォン上の専用アプリで連携させ、本人とご家族などが外出情報を共有できる「WHILL Family Service」というサービスがあります。ご本人はどれだけの距離をどのルートで走ったのか、履歴を通じて移動の楽しさを感じていただけます。ご家族は離れていてもその記録をみて安心できるでしょうし、話題が生まれるきっかけになるかもしれません。また、万が一の際にも転倒などを検知して専用のロードサービスを迅速に呼べる機能もあります。
さらに、ウィルのある生活を快適に送っていただけるよう、「WHILL ID」という機体と利用者の情報を紐付け一元管理し、WHILL社が提供するさまざまなサービスを受けるための仕組みも用意しています。ユーザー側にとっては、最寄りの認定修理取扱店を検索して、いつでもどこでも修理や定期点検の申し込みができたり、メンテナンスのおすすめ時期の通知が届いたりと、利便性が向上しますし、自動車ディーラーなどのウィル取扱店はWHILL ID経由で顧客や機体の情報を確認することで、これまでの購入・利用履歴などを把握でき、適切なサポートを提案できるようになっています。
こうしたハードウェアとソフトウェアの両方を自社で手掛けているというのは、他にない大きな特徴ではないかと。自動車業界と同様のエコシステムを、近距離モビリティ業界でも構築することで、この業界を盛り上げていき持続可能的に循環する仕組みを社会に形成させたいと考えています。
WHILL IDについて:https://whill.inc/jp/whill-id
サポートサービスについて:https://whill.inc/jp/support
――ウィルは実際にどのような使われ方をしているのでしょうか?
新免:一例ですと、「WHILL Model S」は、免許返納後にも運転を楽しめる移動手段として人気がありますが、自転車のような感覚で、距離や外出用途に応じて車と使い分けて利用していただくことも多いようです。遠くのショッピングモールに行くときは車のほうが駐車場もあって停めやすいですし、荷物もたくさん入れられますが、ちょっと近場のスーパーに買いにいくという場合は、自転車や徒歩も選択肢に入りますよね。ただ、シニア世代には自転車だとふらついて不安だし、かといって歩くのも帰りの荷物を持って帰る体力が……と悩む方がいらっしゃいます。そんなシーンで、四輪で坂道も安定して移動できる「WHILL Model S」が非常に便利だとご好評をいただいています。
「こう使うべきだ」と固定観念にとらわれず、利用者それぞれのライフステージの変化に合わせてさまざまなモビリティを併用していただき、使い方も柔軟に多様化していけばいいなと期待を寄せています。
ウィルがあれば、旅行やレジャーの選択肢も広がる
――ウィルは街中で走っている姿だけではなく、空港に置かれているのを見たことがありますが、どのような事業を展開されているのですか?
新免:大きく二つの事業を柱としています。一つは主に日常利用を目的とした個人向けの販売事業で、もう一つは、普段は車椅子を使わない方がウィルを行った先の施設などで一時利用できる法人向けのモビリティサービス事業です。モビリティサービス事業では自動運転システムを搭載して主に空港や病院で展開されている自動運転モデルと、自身で操作し、行った先を自分のペースで移動できるスタンダードモデルを展開しています。施設特性に応じて最適な移動環境を提供するもので、いずれにも機体管理システムなども用意されているため、導入側(施設運営側)にとっても安心なポイントとなっています。
モビリティサービスについて:https://whill.inc/jp/mobility-service
――モビリティサービス事業の具体的な事例を教えてください。
新免:自動運転モデルは羽田空港、成田空港、関空国際空港、ロサンゼルス空港など国内外の空港で導入されています。手元のタッチパネルを操作して目的のゲートのボタンを押すだけで、あらかじめ決められたルートで目的地まで自動で利用者を運んでいきます。通行人がいれば検知して減速、場合によっては停止します。目的地で利用者が降車したら無人のまま元の場所まで返却されるというオペレーションになっています。
常に車椅子を使うほどではなくても、長時間の歩行に不安があるという方は少なくありません。そういった方々に、広く複雑な施設を快適に、他者へ負担をかける心理的抵抗もなく移動していただくのはもちろん、ロボット化/DX化により、スタッフが車椅子を押してサポートしたり、返却したりする手間をなくすことも目的です。
スタンダードモデルは、長崎のハウステンボス、東京ディズニーリゾート®・オフィシャルホテルのグランドニッコー東京ベイ 舞浜、鳥栖プレミアム・アウトレット、北海道ボールパーク、茨城県笠間市の観光協会、道の駅など、長距離・長時間歩く必要がある施設やその近隣への移動・散策手段として、自分のペースで自由に観光・周遊できるよう導入していただいています。全国各地でウィルが借りられる場所が続々と広がっており、施設側にとっては滞在時間が伸びたり、これまで足が遠のいていたご高齢世代含む幅広い方の来場が増えたりとご好評の声をいただきますし、ユーザーにとっても「祖父母を連れてくることができた」「自分のペースで気兼ねなく回れる」「最後まで楽しむことができた」といったお言葉が寄せられています。
導入実績:https://whill.inc/jp/mobility-service/industry
――今後の取り組みについて教えてください。
新免:弊社が掲げるミッションのとおり、年齢や障害の有無に関係なく、あらゆる人が当たり前に最適な近距離移動ができる世界の実現を目指しています。モビリティサービス事業では引き続き、気軽にウィルを利用できるWHILL SPOTを充実させていきます。さらに販売事業では、ウィルを安心・便利に長くご愛用いただけるよう、試乗・販売場所の拡大だけでなく、定期点検や修理を行う認定修理取扱店などのサービス体制の拡大や二次流通体制(認定中古車販売など)の確立など、自動車産業と同様の持続可能なエコシステムを近距離モビリティ業界でも構築するために力を入れていきます。
「歩行空間ナビ・プロジェクト」への期待
―― 国土交通省の「歩行空間ナビ・プロジェクト」では、歩行空間における段差などのバリア情報やバリアフリー施設の情報を「歩行空間ネットワークデータ」としてオープンデータ化し、移動支援サービスの普及・高度化を促進する事業を進めています。移動支援の観点でどんなオープンデータがあると活用できそうですか?
新免さん:個人的な考えも含まれているということもお含みおきいただきつつ、ある程度バリアフリー環境が整備された新しいビルにウィルで行ってみようとなったとき、実際に施設に行ってみると、トイレが狭かったとか、この通路幅だと通れるかギリギリだとか、じつは課題があったというケースも少なくありません。そういった情報をオープンデータとして集約していただくのは、ウィルだけではなく車椅子やベビーカー等を利用されるすべての方の移動の負担をカバーすることにつながると思いますので、引き続き整備を進めていただければありがたいです。
また、地下鉄でウィルを利用する際に、エレベーターやエレベーターがあること自体は把握できても、それがどの位置にあって、どのルートを通ればいいのかが掲示の案内だけだと分からず、駅員さんの力を借りざるを得ない状況になったこともあります。そういった複合的な情報もオープンデータとしてまとめてもらえると、より便利に活用していけるのではないでしょうか。
少し話が変わりますが、弊社は全国各地のバス事業者や日本交通などのタクシー会社などと連携して、公共交通機関と近距離モビリティでシームレスな移動体験を提供できるようにするための研修会を行なっています。その中で話題にのぼるのが、バス停では、車椅子が登れる角度でスロープをつけられるか否かということ。というのも、現行の電動車椅子規格では電動車椅子は10度までの傾斜であればメーカーとして安全に登って大丈夫だという基準を満たすのですが、バス側では歩道にスロープを落とした状態で計測して10度以下であればいいという、別の規格が定められているんです。
しかし、坂道が多いバスルートでは車幅が狭くて歩道にそもそもスロープを置けなくて、スロープが20度弱になってしまうケースが往々にしてありますし、そもそも歩道がない場合もあります。そこであくまでアイデアですが、たとえば、道路インフラと交通インフラがシームレスに連携してデータをまとめることができれば、事前にエンドユーザーに避けてほしいルートやバス停など事前の周知ができるのかなと考えています。今はウィルと同じような歩行空間をカバーする近距離モビリティが各社から誕生してきている段階ですので、こういった課題は今後も顕在化していくのではないでしょうか。
――最後に、本プロジェクトに今後期待されることをお聞かせください。
新免:昨今、ニュースでは地方の移動課題が話題になっています。データ連携が進み、バリアが解消された移動しやすい世界は都心部を中心にでき始めている一方で、本当に近距離移動支援が必要なエリアは、むしろ郊外や地方であることの方が多いと感じています。
地方の方からはよく、車がないと生きていけない、移動手段は車か徒歩かの2択しかないという話も聞きます。もっといろいろな選択肢を広めるとともに地域活性などを積極化させるためには、全国で包括的な整備が必要です。民間だけでは対応しきれない部分でありますので、国や自治体、事業者などと協力して対応を進めていければ、全国の自動車ディーラーで取り扱われているウィルも、いろんなステークホルダーと連携しながらシームレスに移動と移動をつなぐことができ、近距離にとどまらない「移動」や多様なライフスタイルのなかで活用していただけるのではないかと期待しています。そうすることで、移動や外出がより活発化し、地域交流や社会参画も促され、いつまでも元気な日本社会になるのではないのかなと思います。