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第1回 歩行空間DX研究会シンポジウム<「持続可能」な移動支援サービスの普及・展開に向けて>

第1回 歩行空間DX研究会シンポジウム<「持続可能」な移動支援サービスの普及・展開に向けて>

2024年1月16日(火)、東洋大学 赤羽台キャンパス INIADホールにて、第1回「歩行空間DX研究会シンポジウム」が開催された。本シンポシウムは『持続可能な移動支援サービスの普及・展開に向けて』をテーマとして、有識者、民間事業者、行政等の関係者が登壇し、基調講演、取組紹介、パネルディスカッション等による意見交換が行われた。現地参加・オンラインを含めて本シンポジウムには500名を超える参加申込があった。

本シンポジウムは2部構成になっており、第1部では議論の下地として歩行空間DX研究会に関わるプロジェクトの紹介や取組報告、第2部ではNPO法人や民間企業から多彩なパネリストを迎えて各々の取り組みの紹介、およびディスカッションが行われた。

国土交通省 政策統括官 小善真司氏

開会の辞を述べたのは、本研究会会長の国土交通省 政策統括官の小善真司氏。小善氏は昨今の物流分野の人手不足や電子商取引の需要の高まりといった背景からますます高まる自動配送ロボット等へのニーズについて言及。このような動向も踏まえて、本プロジェクトの推進のためには環境や情勢の変化、技術の進展、高度化に積極的に対応する必要があるとし、
「本シンポジウムが、誰もが快適に移動できる歩行空間の未来を考える機会となり、ひいてはユニバーサル社会の実現に繋がることを期待する」
として、歩行空間DX研究会と設立後はじめての開催となる本シンポジウムの意義について強調した。

歩行空間DX研究会への期待

東洋大学情報連携学部INIAD学部長 坂村健教授

本研究会顧問の東洋大学情報連携学部INIAD学部長の坂村健教授からは、歩行空間DX研究会への期待、および本プロジェクトのはじまりの経緯について語られた。坂村教授は国土交通省の「ICTを活用した歩行者移動支援の普及促進検討委員会」の委員長を務めているが、これは2004年神戸の「自律的移動支援プロジェクト」に端を発するもので、「少子高齢化を見据えて、誰もが移動に困らない道路設計を考え直そうという考えから始まった取り組みである」と紹介。
しかし、実際にこうした施策を実行していく際には費用やそれぞれの道路の管轄、そして制度面など課題は多く、障碍者支援を越えて一般性を持つ経済的ニーズの後押しが必要。坂村教授はこうした状況を一挙に進展させるものとして昨今のロボット技術の進展を挙げ、自動走行に向けた空間整備が障がい者など、さまざまな人々に寄与するものであると指摘。そして国のみならず、多くの人々の理解と参画を促すという意味で本シンポジウムに寄せる期待感を表明した。

森昌文内閣総理大臣補佐官からのビデオメッセージ

森昌文内閣総理大臣補佐官からのビデオメッセージ

森昌文内閣総理大臣補佐官は本シンポジウムにおいて基調講演を行う予定であったが、先に発生した能登半島地震の対応のため、急遽ビデオメッセージというかたちでの出演となった。
能登半島地震の現場でも今やドローンが飛び、スマート技術による対策が行われているというが、森氏は近年の少子高齢化による働き手不足など、さまざまな課題に対峙する日本において「これまでのやり方は通用しない」と述べ、最新技術やデータの活用、イノベーションの推進による人手不足解消の重要性を強調した。
さまざまな分野におけるDXを支えるのは地理空間情報の整備であるが、昨今の技術の進展を背景にさまざまな点群データの測量方法が発展し、自動配送ロボットの実用化に向けた現実的な整備も進められている。
「シンポジウムを通じてプロジェクトに関わる産官学コミュニティが形成され、研究が進展し、ユニバーサル社会の実現が加速することを期待したい」
と述べ、「さらなるお力添えをいただきたい」と聴衆に呼びかけた。

国土交通省の施策紹介

国土交通省総合政策局総務課政策企画官 松田和香氏

国土交通省総合政策局総務課政策企画官 松田和香氏からは同省における歩行空間DX研究会設立の経緯、および施策が紹介された。もともとはユニバーサル社会の構築に向けて「バリアを避けたルート案内などが利用できる移動支援サービスの開発を推進するための環境整備を行う」という観点から発足した施策であり、坂村教授からも紹介されたように2004年の「自律的移動支援プロジェクト」に端を発している。
近年のスマートフォンの普及や、政府のオープンデータを積極活用する施策への転換などを踏まえ、2014年6月には「ICTを活用した歩行者移動支援の普及促進検討委員会」を設立。翌2015年に出された提言にともない、国土交通省はオープンデータサイト開設やデータフォーマット策定といった具体的な取り組みを進めてきた。
自動配送ロボットを活用したサービスの登場、3次元データ取得技術の進化・多様化、測位技術の高精度化といった情勢の変化を背景に、国交省は2023年3月に新たな提言を公表。この提言を踏まえて「人・ロボットの移動円滑化のための歩行空間DX研究会」「歩行空間の移動円滑化データワーキンググループ」「歩行空間の3次元地図ワーキンググループ」が設置されたことを紹介。
現在、データの整備・管理・オープンデータ化のツールとして「歩行空間ナビゲーション・プラットフォーム(ほこナビDP)」のプロトタイプの整備に向けて、ワーキンググループでの意見も踏まえながら検討を行っているという。

歩行空間の移動円滑化データワーキンググループ

東洋大学情報連携学部情報連携学科教授 別所正博氏

続いて松田氏から紹介があった歩行空間の移動円滑化データワーキンググループについて、東洋大学情報連携学部情報連携学科教授の別所正博氏が取組報告を行った。
同ワーキンググループは、歩行空間ネットワークデータやバリアフリーデータ等を効率的に整備・更新・運用するための仕様の改訂、および「ほこナビDP」の機能について、実証やヒアリングを踏まえながら検討を行うというもの。ワーキングには、データを提供する側の自治体のみならず、提供されたデータを活用してサービス開発を行う事業者、さらにサービスの利用者となる障がいを持つ当事者も含め、さまざまな構成員が参画している。
歩行空間ネットワークデータとは、ノード(点)とリンク(線)に対してバリアフリーに関する情報を付与したデータで、方向性や幅員、段差やエレベータの種別など多様な属性が記録されているが、データ整備に関しては現地調査やデータ更新が負担となることから、3次元点群データなどのデジタル技術を活用した効率的な整備方法や市民の協力も得た更新のあり方なども課題となる。本ワーキンググループはこうした課題解決に向けた検討を行い、その成果をほこナビDPのようなプラットフォーム構築やデータ整備仕様の改定方針に反映することを主眼としている。
ほこナビDPではバリアフリートイレをはじめとした公共施設や文化施設などのバリアフリー情報を共通のデータフォーマットで管理する機能も検討。収集したデータをオープンデータとして広く公開し、さまざまなサービスで利活用されることを目指していくという。

歩行空間の3次元地図ワーキンググループ

日本大学理工学部 交通システム工学科教授 佐田達典氏

日本大学理工学部 交通システム工学科教授の佐田達典氏は歩行空間の3次元地図ワーキンググループの取り組みについて報告を行った。3次元地図ワーキンググループは歩行空間ネットワークデータの整備・更新の効率化や、自動配送ロボット等の走行に活用できる3次元点群データの要件等について検討を進めている。
自動運転分野や測量分野においてレーザースキャナなどにより取得した3次元点群データを活用する技術が急速に進展しているが、3次元点群データを用いて地図を作成し、⾛⾏時の自己位置を推定する「SLAM技術」は、自動配送ロボットの走行時に活用され、実用化段階へと至っている。
佐田氏からは3次元点群データの取得機器・方法、フィルタリング方法および統合方法、そしてその品質・精度について技術面から解説が行われ、さらに2023年12月に実施された、JR川崎駅周辺における3次元点群データを活用した自己位置推定処理の実証について報告が行われた。
実証では、主な検討項目としてベースマップの密度、データの整備範囲、統合精度ごとに検証ケースを設定し、多様な3次元点群データを統合したベースマップを利用して現地走行を実施した。事前に設定した多くの検証ケースにおいて、自己位置推定処理を正常に実施できることを確認し、今回の検証結果を踏まえて自動配送ロボット走行へ活用するための3次元点群データの要件についての整理、検討を予定していると語った。実証の過程において見出された課題も踏まえつつ、今後のさらなる進展に期待感を滲ませる結果となった。

第2部では坂村教授がコーディネータを務め、多彩なパネリストを迎えて各々の取り組みの紹介、相互の意見交換、および会場から質問を取り上げて、闊達な議論が交わされた。

誰一人取り残されない世界を目指して

NPO法人ウィーログ代表理事 織田友理子氏

登壇者の一人、NPO法人ウィーログ代表理事の織田友理子氏は難病により26歳から車椅子生活を送っているという障がい当事者の立場から「車いすでもあきらめない世界をつくる」を目指し、障がい者の社会参画を推進するための活動を幅広く行っている。
織田氏によれば車いす生活者にとって、社会には「4つのバリア」が存在するという。それは「物理的」「意識」「文化・情報」そして「制度」であり、「こうしたバリアを超えていくことで可能性を広げていきたい」と語る。
具体的には、物理面ではバリアフリー環境の調査と監修、意識面では車いす体験イベントの開催、文化情報においてはバリアフリー地図アプリ制作、そして制度面では行政への政策提言と、4つのバリアすべてを網羅する活動を行っている。
例えばGoogleインパクトチャレンジを受賞した「WheeLog!-みんなでつくるバリアフリーマップ」は健常者も障がい者も、誰もがバリアフリー情報を発信して共有できるのが特徴であり、その背景には「障がい者だけではなく、みんなで世界を変えていきたい」という織田氏の思いがあるのだという。
彼女の取り組みは多方面の共感を呼び、ドバイ万博2020にグローバルイノベーターとして選出され、2023年には外務省の「ジャパンSDGsアワード」において内閣総理大臣賞を受賞している。まさに「誰一人取り残さない」という織田氏の思いが、共感の輪を広げているという証左だろう。

渋谷区の「今」をデータで見える化する

渋谷区福祉部障がい者福祉課主任 髙橋 雄太氏

渋谷区福祉部障がい者福祉課の髙橋雄太氏は、前職として別の自治体で図書館司書や情報システム部門を経て2021 年に渋谷区に入庁。障がい福祉推進計画の策定やバリアフリーマップの検討などを担当している。
情報システム部門でオープンデータ担当として庁内の関連部署に「データを出してもらう・公表につなげる」取り組みを行ってきた髙橋氏からは、データ整備だけで終わらない渋谷区のデータ利活用の取り組みとして「SHIBUYA CO-CREATION HUB」の紹介が行われた。
ニーズの多様化やテクノロジーの進化を背景として、産官学民が連携を進める際に区の現状をデータから把握し、多様な主体と共有することを目的としたもので、区の現状をデータから可視化したシティダッシュボード、および機械判読や二次利用可能なオープンデータの公開をウェブサイトで行っている。
シティダッシュボードには様々なデータソースから可視化されるデータだけでなく、複数のデータを重ね合わせて立体的に可視化したデータ等が含まれており、まさにCO-CREATION HUB の名の通り、さまざまなデータを掛け合わせることによる新たな気付きやサービスの創出につながる可能性があるといえるだろう。

人とロボットが共に移動しやすい社会の実現を

ソフトバンク株式会社テクノロジーユニットCS室ROS-SI推進課長 古谷 智彦氏

ソフトバンク株式会社の古谷智彦氏は、同社の研究開発部門であるChief Scientist室ROS-SI推進課で課長を務め、自律走行ロボット「Cuboid」をベースとして各種ロボットの開発に従事。研究開発や各種ロボット競技会への参加を通じて蓄積した技術を活かし、ロボットの社会実装に向けてさまざまな検証に参画しているが、直近では佐田氏からも紹介があった「3次元点群データを自動配送ロボット等の走行に活用するための実証」に技術面で協力している。
古谷氏は令和5年4月に施行された道交法改正に言及し、これによって小型・低速のロボットが公道を走行する道が開かれたのみならず、同時に人が搭乗するものも想定されており、「自分たちが進めてきたロボットが自動で移動できる環境の整備は、人の移動をより高度に支援できる環境の整備にもつながる」と指摘。
人とロボットが共に移動しやすい社会の実現に向けて「グループ企業・業界団体とも連携し、尽力していきたい」という意思を表明した。

IoT×AI時代における障がい者支援の可能性

先ほどワーキンググループの取組報告を行った東洋大学INIADの別所正博氏は、自身が専門とするIoT、AI技術の応用としての障がい者支援の施策について紹介。
INIADにおいては1年生全員が参加するバリアフリーマップの作成など、特徴的なカリキュラムが存在するが、在学生や卒業生が学んだ知識を生かし、積極的に障がい者支援のためのソリューションを開発するというケースも多い。
卒業生の浅見駿太さんはAIを活用したトイレのバリアフリー設備情報ツールを開発。これは東京都福祉局が公開しているバリアフリートイレの写真データを学習し、写真からトイレ内のバリアフリー設備を自動的に検出するというものだ。
また、画像認識AIを活用した事例として、Sahas Gurungさんが開発した「AiDER for Ⅵ」を紹介。これは画像からエレベータまでの距離を読み取って通知音で知らせたり、壁面の案内文字を詳細にわたって読み上げてくれたりするもので、AI技術の進展で制作が可能になったアプリの事例といえる。
別所氏は「生成AI、特に大規模言語モデルは障がい者支援の新たな可能性を切り拓きつつある」とし、国土交通省の「ほこナビ」の構築も生成AIをはじめとした新しいデジタル技術を取り入れながら進めるのが良いと述べた。

点群密度とグリッドサイズによるバリア検出評価

佐田達典氏は自身が手がけた点群密度とグリッドサイズによるバリア検出評価における研究成果について解説。
高精度のMMSセンサを使い、分析区間の縁石や歩道縁端部の段差、地物といったバリア情報を検出するというもので、10000点/㎡、100点/㎡など、点群密度をさまざまに変更してバリア評価した場合の違いを検証。0.05mグリッド、0.20mグリッドなど、さまざまなグリッド内レンジによるバリア評価を行うなどさまざまに検証を行い、歩行空間データの整備に向けた3次元点群データによる最適なバリア検出手法の提案に資するものとなった。

パネルディスカッション

パネリストの紹介を終え、坂村教授をコーディネータとしてパネルディスカッションが展開された。坂村教授は織田氏の提示した「4つのバリア」の中でも、特に制度面を整備することの困難さを自身の経験から感じたと語り、オープンデータとは「何々のため」に公開するものではなく、まず公開することでさまざまな人たちの思索や実験、イノベーションを促すものであるという考えを明確にした。
渋谷区の髙橋氏は自身の立場から「整備コストがゼロにならない以上、自治体がコストを負担してでも公開したいと思わせるだけの動機を与えることが重要」と発言。坂村教授は髙橋氏の意見に共感しながらも、一方で「世界的には、まずデータをオープンにすることが重要であり、そのことが事業者のデータ活用を促していくという潮流があります」と、2013年6月に締結されたオープンデータ憲章を引き合いに出して解説。
国交省のプロジェクトはまさにオープンデータ化や連携への機運を先導するものであるが、たとえば東京都が公開したトイレやエレベータなどの情報は「Wheelog!」に格納され、活用されている。織田氏は東京都の積極的な情報公開に対して「車いすユーザーはみんな、東京を移動する上で本当に便利になったと言っています」と述べ、
「データさえ公開されていれば、私たち事業者は本当にいろいろなことができる。このことを皆さんが理解してくれればいいなと思っています」
とオープンデータ化の意義を強調。
古谷氏も
「今回の実証実験で活用した点群データのようなものが公開されれば、さまざまなロボット事業者が公開された地図データを利用することができる。まずは情報を公開し、それを活用するためのプラットフォームを整備することが、非常に重要だと実感しています」
と、坂村教授の思想に同調した。

オンラインで募集した質問の中には「地図データ収集・更新において市民が参画することについて、いかにして情報の信頼性を担保していくのか」という主旨のものがあり、これに対して坂村教授は情報の信頼性の担保について現在もさまざまな評価手法が試みられているが、最終的には情報の信頼性についてのリスクをゼロにすることは難しいと主張。
織田氏もこれに大きく頷き、
「場合によっては、情報がなければ私たちは外出することさえできなくなります。もし情報がなければ電話したり、さまざまな地図から情報を集めたりしようとするでしょう。情報はゼロにしないでいただきたい」
と自身の立場から訴えた。
視聴者・参加者も含めた質疑応答では、こうしたシンポジウムの進行役を務めることが多い坂村教授に「今日は本当に面白い」と言わしめるほどの盛況を呈した。この後も歩行空間という分野特有の事情と困難さ、バリアフリーマップの通常の歩行者への応用可能性など、議論は縦横に展開。歩行空間DX研究会が検討を進めるほこナビDPの意義、およびその展開の可能性について各々の立場から展望が語られた。
最後に髙橋氏から「シンポジウムを聞いてくださった方、意見を寄せてくださった方とも双方向的なやりとりができれば、こうした取り組みもより良いものになっていくと思う。この歩行空間DX研究会がそういう場になっていくとよい」との発言が、
また、「この国の取り組みに価値があり、将来に向けて必要なことなのだという認識が、このシンポジウムを通じて皆さんに理解していただければ嬉しい」
と織田氏が述べ、シンポジウムは盛況のうちに閉幕となった。

国土交通省によれば、歩行空間DX研究会のシンポジウムは引き続き来年以降も開催されるという。


本研究会にご参加頂きますと、シンポジウムの動画を閲覧することができます。(別途、動画視聴のためのURLをメールでお知らせします)
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