取材記事

街の「今」をデータで「見える化」-スマートシティを目指す渋谷区の取り組み-

街の「今」をデータで「見える化」-スマートシティを目指す渋谷区の取り組み-

現在、約23万人が暮らす渋谷区。若者カルチャーやビジネスの発信地であり、多くの訪日外国人が観光に訪れる渋谷駅周辺以外にも、原宿や恵比寿、「ササハタハツ」エリア(笹塚駅・幡ヶ谷駅・初台駅周辺の通称)など異なる個性をもつエリアを抱え、あらゆる属性の人々が集う街だ。

「この地上に暮らす人々のあらゆる多様性を受け入れるだけにとどまらず、その多様性をエネルギーへと変えてゆくこと」や、「人種、性別、年齢、障害を超えて、渋谷区に集まるすべての人の力をまちづくりの原動力にすること」を推進する渋谷区では、2016年に策定した基本構想において“ちがいを ちからに 変える街。渋谷区”という未来像を掲げている。その未来像を実現するための一環として、区に関わる企業や学術機関、町会など、産官学民が協力しながら、区民の生活の質の向上につながるスマートシティ化への取り組みにも注力。全国の行政や自治体がオープンデータやビックデータの利活用の方法に難航するなか、区の置かれている現状を示すさまざまなデータをグラフやマップで可視化したプラットフォーム「SHIBUYA CITY DASHBOARD」(以下、シティダッシュボード)を公開し、課題解決や施策立案につなげていこうとしている。

今回は、シティダッシュボードの整備を進める渋谷区デジタルサービス部スマートシティ推進室の加藤茜さん(写真左)と、渋谷区福祉部障がい者福祉課の髙橋雄太さん(写真右)にお話を伺った。

「渋谷区の今」を共有するために生まれたシティダッシュボード

――シティダッシュボードの概要と、取り組みのきっかけを教えてください。

加藤:シティダッシュボードは、渋⾕区基本構想に掲げる分野別の7つのビジョン(福祉分野では「あらゆる人が、自分らしく生きられる街へ」など)のもと、それぞれの分野に紐づく22のテーマ(2024年3月時点)について、渋谷区のデータをグラフや地図などでわかりやすく掲出しているものです。

シティダッシュボードのWEBページ

取り組みの背景としては、まず渋谷区が基本構想で掲げた“ちがいを ちからに 変える街”というビジョンの実現に向けて、多様化するニーズに限られたリソースの中でどのように応えていくかを考えたとき、テクノロジーを活用し、産官学民が連携してやっていこうという方針がありました。

外部の方と連係する際に必ず聞かれるのが「渋谷区さんの課題はなんですか」という質問です。これが非常に答えづらくて、過去のあらゆる計画を掘り返してみたのですが、現状の課題、着目すべきポイントがわからず、すり合わせに難航したんです。

それであれば、まず客観的に「渋谷区の今」を見ていただき、多様な主体と共有したうえで事業改善や新規事業の創出に進めていけるようなツールがあったらいいんじゃないかということでシティダッシュボードが生まれました。合わせて、区が所持しているデータに関しては機械判読や二次利用可能なオープンデータとしてウェブサイトに公開しています。

――データはどのように集めているのですか?

加藤:シティダッシュボードを整備しているのはスマートシティ推進室ですが、各所管部署に「このテーマに対して使えるデータはありますか?」と協力を仰ぎながら進めています。もともとはデータ分析のためではなく、別の事業に必要だったから台帳を作っていたというパターンが多く、たとえば「福祉」分野にある「渋⾕区内の出張対応・⾞椅⼦対応の理美容室一覧」のデータがそれに当たります。

「渋⾕区内の出張対応・⾞椅⼦対応の理美容室一覧」

そのほか、ベーシックなところですと防災施設関連の情報や、ごみ・資源の量の推移状況などもデータソースを区で保有しており、オープンデータを更新すると同時にシティダッシュボードも更新される仕組みづくりにも取り組んでいます。継続的なデータ更新が課題でしたが、なるべく作業を簡潔にするため、データを掲載する部署で連絡体制を整え、更新のタイミングになったら声をかけてデータを出してもらう、という体制をつくっています。

一方で、人の流れなど街中の状況を把握するようなデータは区でほとんど扱っていなかったので、民間事業者からデータソースを公募事業で集めたり、提供していただいたりしながら、いくつか実証事業としてシティダッシュボードに掲出しています。

過去に、障がいのある方や車椅子ユーザーの方とお話しした際に、人混みがある場所は避けたいという声をいただきました。現状では人流のデータは「まちづくり」の切り口で紹介していますが、切り方をかえて「福祉」の方面でもこういったデータを活用していけるのではないかなと感じています。

――国土交通省では、歩行空間における段差などのバリア情報やバリアフリー施設の情報を、「歩行空間ネットワークデータ」や「施設データ」としてオープンデータ化し、移動支援サービスの普及・高度化を促進する「歩行空間ナビ・プロジェクト」という事業を進めています。シティダッシュボードでは「歩行空間ネットワークデータ」も活用いただいていますね。

加藤:そうですね。バリアフリー関係の情報については、障がい者福祉課や関連部署にも確認しているのですが、歩行空間の情報はあまりデータとして整理されていませんでした。たとえば「工事でどこに点字をつけたか」の情報はあるけれど、「点字がどう連なっているか」はわからない、という感じで、活用するには難易度が高い印象でした。他に何か使えるデータはないかと調べているとき、外部の方から渋谷区の「歩行空間ネットワークデータ」があるというのを教えていただき、活用した形です。

髙橋:シティダッシュボードでは、「歩行空間ネットワークデータ」に東京都が数年前から収集・公開している「車椅子使用者対応トイレのバリアフリー情報」のオープンデータを重ねています。単一のデータだけではなく複数のデータを重ねて立体的に街を見ることで、新しい気づきが生まれる可能性もあるのではと期待しています。

ただ現状では、トイレのバリアフリー情報データで公開されているものは公共施設がほとんどです。区民や来街者の視点で考えたときに、本来であれば公共施設だけではなくて、民間施設の情報も欲しいはずですので、同じデータフォーマットで民間事業者とも協力しながらデータを整備できれば、より効果的にその後のサービス展開につながるかなとも感じています。

実用的なサービスへ連携させるためには、区域をまたいだデータ整備が課題

――データの「見える化」を始めてみていかがですか?

加藤:狙い通りのことではありますが、所管の担当者であれば体感として知っていた情報が、「見える化」することでより多くの人と共有できるようになったと実感しています。

一例として、シティダッシュボードでは渋谷区コミュニティバス「ハチ公バス」のルート別利用者数の推移をまとめていますが、コロナ禍で緊急事態宣言がでたタイミングでガクンと利用者が減っていました。しかし、ルートによって利用者の回復の仕方が異なっていて、たとえば「神宮の杜ルート」という、原宿や表参道を経由するルートの回復が遅かったのに比べて、それ以外のルートは早い段階から人が戻ってきていたので、利用者は住民の方が多いのかな、という考察につながったりしています。また、実は季節性みたいなものがあって、夏の暑い時期には利用者が増えるな、とか、そういったことが誰の目にも見えるようになりました。

ハチ公バス
「ハチ公バス:ルート別利⽤者数の推移」青色のグラフが「神宮の杜ルート」

ハチ公バスで使えるデジタル地域通貨「ハチペイ」はどれだけ区民の方が使っているのか、これからどんな施策が打てるのか、といった分析にも利用していけるのではないかと考えています。

データの更新で所管部署とやり取りする際に、データを見てこちらが「最近はこれが減っていますね」とか「こういうことがあったんですかね?」みたいな一言を付けると、向こうから考察が返ってくる、という場面が増えています。データを見て考え、意見交換する習慣ができているのは組織として良い傾向なのではないかと思います。

――今後の課題として感じられていることはありますか?

加藤:シティダッシュボード事業も3年目で、データを集める、公開する、可視化することでこんなことができますよという実例を示したと同時に、データが活用できる環境を整備した段階です。当初掲げたビジョンを達成するために、これからは庁内外問わず、データを課題解決や施策立案に活用してもらうべく具体的に何をしなければならないかを考えるフェーズに入りました。ただ待っているだけではデータの活用は進まないと思いますので、こちらから対話や取り組みの機会を増やして、データを起点にして今まで交流はなかった分野をいかに交わらせていくかがチャレンジかなと考えています。

ただ、実用的なサービスに連携できるデータとして考えると、行政区画で区切られているものは使い道が限られてしまう点は懸念しています。オープンデータを公開していると「どのようなサービスに活用されたか」を聞かれるのですが、サービス開発する方々にとっては「渋谷区だけのデータがあってもサービスにしづらい」というのが正直なところだと思います。

髙橋:私は業務でバリアフリーマップ(※1)の整備を検討しているのですが、いまは市区町村ごとにそれぞれ全く違う形式で整備されており、隣の自治体に入るたびに、その自治体のバリアフリーマップを検索しなければならない状況です。利用者の利便性を考えれば区域をまたいだ整備が当然必要ですし、そのようなサービスを展開するにも全市区町村が同じフォーマットでデータを持っていることが重要です。その辺りは渋谷区だけでどうにかできることではないので、国や都道府県など、より広域な視点でのデータ収集・整備が進むといいなと思っています。

加藤:先ほど紹介した「渋⾕区内の出張対応・⾞椅⼦対応の理美容室一覧」のデータも、じつは全国の自治体も同様のデータを持っているのではないかと考えています。そういうものを、たとえば理美容室の検索サイトや予約サイトの機能として入れることもできそうだなと。全国的にデータが整備されれば、データの利活用の範囲も広がっていくのではないでしょうか。

「歩行空間ナビ・プロジェクト」への期待

――「歩行空間ナビ・プロジェクト」でどのようなデータが扱われると行政として活用していけそうですか?

髙橋:渋谷区は坂が多いので、車椅子ユーザーの方やベビーカー利用する子育て世代の方と話をするなかでは、傾斜の情報がほしいという声があります。傾斜が2度とか3度とか厳密な数値でなくてもいいのですが、利用者の移動がきつくなるポイントが知りたいという感じです。

スペイン坂、道玄坂、宮益坂など坂や小道の多い渋谷区。

また、整備面についての希望もお話すると、すでに持っているデータをオープンデータ化することとゼロからデータを作ることではかかる負担が大きく違います。「歩行空間ネットワークデータ」の整備にしても、自治体の職員が一つひとつ傾斜や段差を調べるのは時間や労力の面でも正確性の面でも現実的ではありません。可能な限り点群データ解析や画像解析などテクノロジーの活用によって整備コストの低減を図ってもらえるといいなと思っています。

――本プロジェクトに今後期待されることはありますか?

髙橋:今後「歩行空間ナビ・プロジェクト」の中から、「歩行空間ネットワークデータ等整備仕様(※2)」も策定・提示されて、各自治体にも仕様に沿った形でデータの収集を提案されることになると思います。やはり一番期待することは、その仕様に沿って、多くの自治体でデータの整備、オープンデータ化が行われることで、区域を越えたバリアフリーマップの作成、民間事業者のアプリケーションへの活用やMaaSの推進などにつながることです。

「とりあえず整備してください」ではなく、「将来的にこういう風に使える可能性があるから時間と労力をかける価値がある」という説明がないと、自治体としては人的・時間的コストをかけて整備するという判断になりづらいかなと思います。

そうした部分で丁寧なインフォメーションと、可能な限りの整備コスト低減、実際に「歩行空間ナビ・プロジェクト」と連携した事例の提示などが有効かと思いますし、利用者が求めるサービスの普及・展開を見据えたデータ収集、そしてそれをどのように公開していくかという仕組みについても、プロジェクトの中で整理してもらえたらと期待しています。

※1:バリアフリーマップ
一般的に、高齢者や障害を持った方が外出する際に、施設等のバリアフリー対応状況を事前に確認できるようにそれらの情報を地図上に示したもの。

※2:歩行空間ネットワークデータ等整備仕様
バリアフリールートのナビゲーション等を含む歩行者移動支援サービスに必要となる、歩行ルートに段差や幅員、勾配などのバリアフリーに関する情報を付加したデータを「歩行空間ネットワークデータ」と言い、「歩行空間ネットワークデータ等整備仕様」とは、そのデータの整備内容やデータ構造等をまとめた仕様。

(所属組織名等は取材時点(2024年3月)のものです)

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