取材記事

訪日を諦める障害者を減らしたい――バリアフリーな日本旅行を支援する外国人向けWEBサイト「ACCESSIBLE JAPAN」の取り組み

訪日を諦める障害者を減らしたい――バリアフリーな日本旅行を支援する外国人向けWEBサイト「ACCESSIBLE JAPAN」の取り組み

訪日外国人の数は年々増えており、日本政府観光局が公表したところによると、2024年1月~6月にかけては上半期として過去最多に。コロナ禍で一時的に落ち込んだものの、歴史的な円安が追い風になった形だ。このペースが下半期も続けば、2024年の年間訪日客は3,500万人も視野に入るという。

そうした中で、主に体に障害のある外国人旅行者向けに、日本の交通機関やホテル、公共施設などのバリアフリー情報を英語で紹介するWEBサイト「ACCESSIBLE JAPAN(アクセシブル・ジャパン)」が注目を集めている。運営しているのは、自身も電動車椅子で生活するカナダ出身のグリズデイル・バリージョシュアさんだ。

一概に海外と比べて日本のバリアフリー化が進んでいる、遅れているとは言い切れない。しかし一例として、国土交通省が報道発表した鉄道駅やバスターミナルといった旅客施設(※1)におけるバリアフリー化の整備率(2023年度末時点)を見てみると、「段差解消」が93.5%、「障害者用トイレの設置」が92.1%となっている。旅行の際に重要となる公共交通機関の面で見るなら、順調に対応が進んでいるといっていいだろう。にもかかわらず、グリズデイルさんによれば、そういった情報が海外の障害のある人々にうまく届いていない現実があるという。

今回はグリズデイルさんに、そうした日本のアクセシビリティの現状や今後の課題についてお聞きした。

旅の中で深まった日本愛から帰化を決意

――グリズデイルさんが日本で生活することになった経緯を教えてください。

グリズデイルさん:私は1981年生まれのカナダ出身、今年で43歳になります。4歳頃に脳性麻痺という病気にかかって以来、歩行が困難で手もうまく動かせません。それ以外はいたって健康体なのですが、こうした理由から40年近く電動車椅子を使ってきました。

日本に興味をもったのは、私の通っていた高校で日本語の授業に参加したことがきっかけです。当時バブルがはじけた後でしたが、日本企業がすごく元気な印象がありまして、日本語ができたら就職の際に役立ちそうだなと。先生はカナダ人でしたが日本の文化や歴史が好きな人で、話を聞いているうちに私も日本へ行ってみたいと考えるようになったんです。

高校を卒業したあと、2000年頃に父と一緒に初めて日本を訪れました。バリアフリーに関する情報が本当にない時代だったので不安もありましたが、両親がチャレンジ精神を大事にするタイプで、まずは行ってみようと。そのとき驚いたのが、想像していたよりずっと日本のバリアフリー化が進んでいたことです。全部ではないものの電車にも乗れましたし、対応もすごく親切で。それで自信がつきまして、何度も日本に遊びにいくようになりました。

日本を訪れるたびに、以前は行けなかった場所や使えなかった駅にも冒険できるようになり、バリアフリー化のスピードにも驚きました。カナダは車の文化なので、地下鉄などの公共交通機関のバリアフリー化はなかなか進まず、余計に日本のスピード感に感動したように思います。生活がしやすく、旅先で良い体験もたくさんするうちにどんどん日本が好きになり、2007年に日本へ引っ越して、2016年に帰化しました。現在は社会福祉法人 江寿会というところでPRの仕事をするかたわら、ACCESSIBLE JAPANの運営をしています。

――そういった経緯で帰化されたグリズデイルさんが、ACCESSIBLE JAPANを立ち上げようと考えたきっかけはなんだったのですか?

グリズデイルさん:日本で暮らしはじめた後に海外旅行を計画したことがありました。日本の旅行代理店で現地の移動手段となるリフト付きの車を手配できないか調べてもらったら、「その国にはないみたいです」と言うんです。「いや、そんなはずはないだろう」と家に帰ってから英語でGoogleを使って検索してみたところ、5分とかからずに3ヶ所も見つかったという経験をしました。

そのとき、日本語と英語でアクセスできる情報の違いを意識しまして、気になっていろいろ調べてみたんです。たとえば、ある観光地の日本語のホームページを見てみると、「よくある質問」のところにバリアフリーの情報が記載されていても、言語を切り替えて英語にすると、情報が全く出てこないということがよくありました。

障害をもつ人はとくに、現地の情報がないと不安になります。期待して行った場所に着いてから入れないとなったら精神的なダメージを受けますし、お金も時間も無駄になるからです。世界的にバリアフリー環境が整っていなかった時代を知っている人は、旅行に対して「どうせ行けないでしょう」というネガティブな印象を強くもっていると思います。そのため、やっぱり調べてからでないと旅行には行きづらいんですね。

大好きな日本のための社会貢献を考えたとき、情報にアクセスできないせいで日本旅行を諦める外国人を減らしたい、そのためにかつて私が欲しかった日本のガイドブックを作りたいと考えたのがACCESSIBLE JAPANを立ち上げたきっかけになります。

ACCESSIBLE JAPAN(トップページ)

“映える”日本の写真や動画が悪影響?バリアフリーのイメージが広がらない理由

――情報発信がうまくいっていないことで、日本に対して「バリアフリーではない」というイメージをもっている海外の人は多いのでしょうか?

グリズデイルさん:そうですね。日本人の中には、ヨーロッパの国に対してなんとなく似たようなイメージをもっている人がいると思いますが、イタリアとギリシャとブルガリアで国の事情はまったく異なります。同じように海外では、日本とタイとベトナムと中国、まとめてアジアの国というイメージをもつ人も多いです。たとえばニュースで、ベトナムの人々が原付バイクで荒れた道を乗っている姿を見て、日本も似たようなものだと間違って記憶してしまう、という感じです。

また、日本の情報発信が逆効果になっている場合もあります。SNSではみんな「いいね」を押されるもの、バズる写真や動画などをアップしますよね。普通のファミレスの写真ではなく、3~4人しか入れないようなゴールデン街のバーだったり、エレベーターのある浅草寺ではなく、山奥にある階段が苔だらけの神秘的な寺院だったり。それを日本に行ったことがない海外の人が見たら、日本のバーや寺院はそういうものだと思ってしまうんです。

そのため、「日本はバリアフリー化が進んでいるし、車椅子で行ける場所もたくさんありますよ」と発信することがACCESSIBLE JAPANの目的の一つでもあります。

目的でいいますと、ACCESSIBLE JAPANは、日本に行きたいと考える海外の人がスケジュールを立てるときに、現実的に使えるサイトにしたいと考えて運営しています。基本的に視点は「この施設がバリアフリーか否か」ではなく、私が実際に電動車椅子で行って入れたとか、ちょっと大変だったとか、私は使わないけどベンチがあったとか、そのときの様子を伝えることを重視しています。

障害は人によって本当にさまざまです。電動車椅子だと距離はあまり関係ないので長距離でも大丈夫ですが、手動車椅子なら疲れてしまうだろうとか。逆に電動車椅子はかなり重いので、ひと段の段差もほぼ壁と同じものになってしまいますが、手動車椅子だったら軽いので誰かがいたら運んでもらえるだろうとか。立ち上げ当初は電動車椅子ユーザーの立場から紹介していたんですが、さまざまな障害のある人から問い合わせが来まして、それぞれ自分の状況と照らし合わせて判断してもらえるような紹介の仕方を意識するようになりました。

観光スポットのページ(日本語翻訳)。実際に訪れた印象や注意点を含めて紹介している。

――ACCESSIBLE JAPANでは交通機関や宿泊施設のほか、盲導犬や必須日本語といったさまざまな情報を扱っていますが、よく見られているのはどういったページですか?

グリズデイルさん:意外な需要を感じたのは、「車椅子のレンタル」と「薬」についてのページです。

私は常に自分の車椅子で行動しているため、飛行機に乗って別の国に行ってから車椅子をレンタルするという行為を想像できず、当初はそういったページも作成していなかったのですが、問い合わせが本当に多くて。普通の生活では車椅子が必要なくても、旅行となったら移動が多くなり、疲れてしまうということでレンタルしたいという人もいます。また、急に怪我をしてしまったとか、いま妊娠8ヶ月で歩きづらいとか、そういう問い合わせからページを追加しました。近距離モビリティのWHILLさんが企業と連携して短期のレンタルを展開するなど良い動きもありますが、残念ながら今の日本の観光業界には、そういった需要の目線が不足しているように感じています。

薬については、当然ですが国によって法律が異なります。アメリカで普通に市販薬として買えるものが日本で買えなかったり、薬監証明書のやり取りが必要なケースがあったりしますので、事前の情報確認は必須です。とくにADHDなどの精神病に関係する薬は、日本で使用が許可されていない成分が入っているものが少なからずありまして、持ってきてしまうと逮捕される可能性もないわけではない。こちらも問い合わせが多かったのでページを新設したジャンルですね。

――利用者からの問い合わせといえば、ACCESSIBLE JAPAN には「tabifolk」という海外旅行者向けの質問掲示板のようなサイトへのリンクが貼られています。こちらもグリズデイルさんが管理されているんですね。

グリズデイルさん:はい、ACCESSIBLE JAPANから生まれたアイディアです。問い合わせフォームに同じような質問が何度も来たとき、その都度1対1で解決するより、やり取りをオープンにして多くの人に見てもらったほうがいいなと、誰でも投稿できる掲示板のような形の質問サイトを作りました。

この形式であれば、私が知らないことも別の誰かが回答してくれますし、そこで新しい情報が得られれば、それをまたACCESSIBLE JAPANにフィードバックできるというメリットもあります。なにより、何かと不安な海外旅行で、困ったときにリアルタイムで質問できる仲間がいる環境があれば、少しは不安も解消されるだろうと考えました。

信頼できるオープンデータで作られたマップがあれば、障害のある人の負担も減らせる

――情報収集に関する話題が出ましたが、何か課題だと感じていることはありますか?

グリズデイルさん:今でこそ固定ページも増えてきましたが、最初は私が電動車椅子で行った場所を発表するブログのようなサイトでした。自分が行った場所を載せるだけだと、とてもではないですが日本制覇はできませんし、利用者にも不便をかけるというのが悩みでした。反面、情報更新のペースを早めるために、インターネットで収集した真偽の不確かな情報を載せるのも信頼性の面でやりたくないなと。

そこで今年から、車椅子トイレの場所や、明らかに車椅子が通れない場所など、誰でも判断がつくような設問だけを載せたアンケートを作ってホテルや施設に回答をお願いしています。また、私の信頼できる友人や車椅子利用者の知人にレポートを頼むなど、外部の方の力も借りながら情報収集を進めています。

―― 国土交通省の「歩行空間ナビ・プロジェクト」では、歩行空間における段差や幅員などのバリア情報やバリアフリー施設の情報を「歩行空間ネットワークデータ」としてオープンデータ化し、移動支援サービスの普及・高度化を促進する事業を進めています。そういった事業が、今のお話にあった情報を増やしていくという部分に繋がる可能性はありますか?

グリズデイルさん:ぜひ繋げられたらうれしいですね。今は観光スポットのページにGoogleマップを掲載していますが、そういったオープンデータが載っているマップがあればより便利になりますし、国のお墨付きのプロジェクトということで信頼性の面でも大変ありがたいです。

今ですと、たとえばグルメ検索サイトでバリアフリー対応のレストランを予約しようとして、念のため電話でも確認すると「大丈夫ですよ! 段差は2段だけしかありませんから」と。「いや、全然バリアフリーじゃないじゃん」みたいなことも多いので(笑)。オープンデータであればそういった確認の手間も省けますよね。ただ、日本語の文字情報だけですと外国人の役に立たないので、ピクトグラムを活用するなど、誰でも理解できる形で情報が提供されるとありがたいです。

日本のバリアフリーは、当事者目線の不足が課題?

――観光として考えたとき、バリアフリーの面で対応が遅れていると感じる部分はありますか?

グリズデイルさん:ホテルの客室については選択肢の少なさを感じています。2019年に法律で「客室総数が50室以上の場合は、客室の総数の1%以上の車椅子使用者用客室を設ける」(※2)ことになったのですが、それはあくまで今後新築・増改築する宿泊施設が対象。それ以前に建てられたホテルなどは、客室総数が50部屋でも300部屋でも バリアフリー対応の部屋が1部屋でもあればOKだったんですね。

バリアフリー対応をうたっている部屋も、以前はガイドラインが厳しくなかったので、ほぼ手すりがついているだけとか、工夫をしないとトイレにたどり着けないとか、現実的に車椅子での利用が難しいケースもあります。そのため、ただバリアフリー対応かどうかだけでなく、自分のニーズに合っているのか否かまでチェックする必要があるのがもどかしいところです。

――当事者目線が不足している印象ですね。

グリズデイルさん:うーん……当事者に聞くべきことがいろいろあるけど、聞かれてない時代がいろいろあったかなと思うんです。例えば私がレストランに行ったとき、全体的にバリアフリー化されていても、テーブルの高さが合わなくて膝がぶつかることがよくあります。この間もそれで我慢して、足に痣ができてしまいました。ちょっとしたことですが、まだまだ想像しづらい部分が多いのかもしれません。

――逆に、バリアフリーの面で好印象を受けた場所などはありますか?

グリズデイルさん:浅草寺や成田山新勝寺はエレベーターやスロープが付けられて非常にバリアフリーな環境でした。やはりそういった宗教的な、本来地域の人々に開かれている場所が誰でも行きやすい環境であることは非常に大切だと思いますね。

また、明治神宮は印象的でした。最初に行ったときは砂利道しかなくて、参道が長いので車椅子での移動がしづらい面があったのですが、数年後にもう一度訪れたときは、砂利道の横に遊歩道ができていました。車椅子のため、バリアフリーのために整備してくれたのだと思うのですが、興味深かったのは障害者以外も遊歩道を歩いていたこと。誰も砂利道のところを歩かないんです。砂利道は疲れますし、ヒールだったら歩きづらいですよね。やはりバリアフリーは誰に対しても優しいのだとあらためて実感しました。

もっと知られてほしい場所でいうと、伊豆の下田温泉にある下田大和館という旅館には、車椅子に乗ったまま入れる露天風呂があります。お風呂の床になっている部分がレバーで上下できる仕組みになっているんです。私は何回もバリアフリーの温泉旅館に泊まったことがありますが、出入りが面倒で一度入れば「もういいや」となっていました。ですが、下田大和館では初めて夜と朝の2回にわたって気分よく入ることができ、やっと温泉の良さがわかったような気がします。

日本の高齢者は温泉旅行が好きな人がたくさんいますよね。ですが体が不自由になると、入るのが大変だし、周囲に迷惑を掛けたくないという思いで、旅行を断念してしまうケースが多いそうです。温泉は体を癒しにいく場所ですから、やはり高齢者こそ行けないのは切ないというか。こういった体への負担の少ない温泉がもっと増えるといいなと思いますし、日本の温泉は外国人にも人気なので、発信していけばきっと話題になるはずです。

バリアフリー化は未来への投資

――最近はユニバーサル・ツーリズム(高齢や障害等の有無にかかわらず、すべての人が安心して楽しめる旅行)といった言葉も出てきています。この言葉に対してグリズデイルさんの立場から、こういうことをやっていくといいんじゃないかというご意見はありますか?

グリズデイルさん:観光業の方々には、バリアフリーにすることの経済効果をもっと意識してほしいという思いがあります。福祉ではなくビジネスとして考えてほしいなと。

宿泊施設でよくあるのは、安全性が確保しやすい2階の安い部屋をバリアフリー化する一方で、最上階の人気の部屋やスイートルームはそのまま、というもの。「どうせ障害者は泊まらないだろう」という残念な見方があるようです。ですが、私が知る島根県のある温泉旅館では、高級な部屋やレストランなどをすべてバリアフリー化しました。そうしたら部屋の稼働率が上がっただけでなく、館内の導線が単純化されてスタッフの肉体的負担も減ったというんです。つまり、バリアフリー化は義務や福祉で対応しなければならないものではなく、次の10年間、100年間を見据えた投資だと考えたほうがいいのではないかと。

世界の総人口に対する障害者の数は10%から15%だといわれています。障害にはさまざまなジャンルがあるので具体的には言えませんが、たとえば10%の人が何らかの身体的障害を抱えているとして、こうしたバリアフリーの問題をクリアすれば、ある意味でお客さんが10%増えるわけです。下手に広告を打つより効果的ではないでしょうか。

また、障害のある人々の間では、口コミ文化の影響が大きいです。同じ車椅子に乗っている知り合いが楽しめたのなら自分も行けるはずだと。バリアフリー化によって障害のある人が良い経験すれば、その人がコミュニティに伝えてさらに良い影響が広がっていきます。

ですから、観光業で何かPRするときは、バリアフリーの情報は積極的に発信するべきと考えています。そうすれば観光業の方々も、障害のある人たちも双方にとってうれしい結果になるはず。これは簡単にできること、すぐでも始められることだと思います。

――ありがとうございました。最後に、ACCESSIBLE JAPANの今後の展望についてお聞かせください。

グリズデイルさん:旅行計画段階の不安の解消や、滞在中のトラブル解決はもちろん、旅を終えたあとに次の旅行者のために役に立つレビューなども投稿できる……旅行のあらゆるステージに対応した、どんな情報がほしいときにも役に立つサイトにしたいと考えています。

また、信頼できる旅行会社と「東京の一日バリアフリーツアー」などを一緒に企画したり、すでにツアーを開催している団体と連携したりもしたいですね。

もちろん、いつかは当たり前のようにバリアフリーな社会になって、サイトを閉鎖しても問題なくなるのが一番ではあります。それまでは、まず海外の人に日本に来てもらえるよう、日本滞在を最大限に楽しんでもらえるような情報を増やすべく努力していきます。

※1  「鉄軌道駅」及び「バスターミナル」については、1日平均利用者数が3,000 人以上の旅客施設及び2,000 人以上3,000 人未満で基本構想における重点整備地区内の生活関連施設である旅客施設、「旅客船ターミナル」及び「航空旅客ターミナル」については、1 日平均利用者数が2,000 人以上の旅客施設。
報道発表:https://www.mlit.go.jp/report/press/sogo09_hh_000362.html

※2  正式には「床面積2,000㎡以上かつ客室総数50室以上のホテル又は旅館を建築する場合は、建築する客室総数の1%以上の車椅子使用者用客室を設ける。」となっている。
「ホテル又は旅館における高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準(追補版)」の概要:https://www.mlit.go.jp/common/001283044.pdf

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